この小品は純粋な創作です。

実在の人物・団体に関係はありません。





 

支配人の慇懃な挨拶を背にし、

ラウンジを振り返ると、

幻想は心を満たす。

 

 

暗色を基調とした空間に、

暖炉の炎だけが揺らめいている。

どっしりとしたソファに何人かの人影が沈み込んでいる。

 

 

横切っていく制服姿はポーターだ。

歩み出すと

それらは慎ましく足を止める。

行き過ぎれば動き出す影は踏み込んでくることはない。

 

 

黄金が波打つ。

その黄金が振り向くまでのわずかな時間、

一面の緑が広がる。

吹き渡る風に髪をなびかせて乙女は微笑む。

その微笑みが自分に向けられる。

空を映して青い瞳は生き生きと輝き、

その唇は動く。

 

 

「グレン…………。」

 

深く青い眸は、

物憂さを湛えて静まる淵を思わせる。

その眸がわずかに苛立ちの色を浮かべ、

赤い唇が不満げにとがっている。

待たせたというほどの時間ではなかったはずだが、

と思うグレンは幻想から引き戻される。

 

 

黄金の髪は、

立ち上がる少年の肩から背へと波を打って流れ落ち、

歩み寄る一足一足に揺れて輝く。

拗ねていても、

差し出した腕に身を任せないわけではない。

 

片腕にほっそりと収まった少年は

もう口を開くこともない。

何を拗ねていたのかも忘れているのだろう。

 

 

「アベル

 行くよ」

 

己の言葉が少年の耳に残っているのか、

それは分からないが、

グレンは少年を誘う。

それが習いだ。

 

 

黄金の髪、

そこに思う幻想は時の彼方に消え、

もはや喪われた。

もう心を騒がせるものではないというのに、

なぜかよみがえる。

 

それは欲しいものがあるからかもしれない。

この眸に映る己を見るたびごとに、

それは突き上げる。

 

 

馬車に乗り込むと、

グレンはその耳にささやく。

 

「アベル

 愛しているよ」

 

少年が己を見上げる。

その眸を貪るように見つめるが、

ふっと視線はそらされ、

代わりに少年はグレンの胸に身を預ける。

 

「いい子だ。

 愛しているよ」

 

その指に黄金の糸を絡め、

その波打つ様に吸い寄せられながらグレンは酔う。

愛してる

愛してる グレン

そう返る声がある夢に。

 

 

薄闇の中を漂いながら

ひたすらにグレンは求めていた。

 

腕の中の少年に恋焦がれられる喜びを。

思うほどにもどかしく、

深まるほどに狂おしい、

終わることのない恋に、

グレンは囚われていた。

 

 

画像はお借りしました。

ありがとうございます。




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