この小説は純粋な創作です。

実在の人物・団体に関係はありません。

 




 

他愛もなく転がった男は、

呆気に取られてアキを見上げていた。

 

 

アキは、

腰に手をあて足をコンパスみたいに開いて

男を睨んでいる。

 

 

「あんたっ

 何様のつもりだいっ!?

 もう死ぬしかないってしがみついてきたくせに、

 あたしはね、

 このまま死なれちゃ目覚めが悪いからっ

 こうして工面してやったんでしょっ!?

 

 何を旦那面してわめいてるんだいっ!!」

 

「アキ……」

 

 

 

わざとらしい驚きをこめた声音が震えている。

俺だ 何を怒ってるんだ  お前は俺に惚れてるんだろう

という前提で女に話しかける色男崩れはいる。

 

強面でやっていくには力も頭もない。

女のグーパンチで転がった情けない男を

西原は見下ろす。

 

 

「もう消えちゃった……。」

 

瑞月が呟く。

高遠はその肩をそっと抱いた。

闇の臭いという奴だろう。

 

どこが変わったとも思えないが、

闇を連れてきた。

今回は随分と手抜きだがからくりはあったに違いない。

 

綾子は心底醜いものに興味がないのか、

男には一顧もくれない。

怒りに震えるアキに目を奪われている。

 

 

 

「金、金、金っ!!

 あんた

 それしかないのっ

 

 なんとかするって言ったら

 あたしは何とかする。

 ここまで来てっ

 あたしの……友達を脅してっ……

 何したか分かってんのっ!!」

 

最後の声が震えていた。

友達、

そんな呼び名になるのか。

 

西原は土曜日限定のクラスメイトの思いがけぬ言葉に

驚いていた。

 

 

「しかたねえだろっ

 金出さねえと、

 今日、

 金がねえとっ……」

 

 

ムキになって言い返した男が、

あれと口をつぐむ。

目が泳いだ。

 

時間喪失……か。

自意識を繋いでいくくらいしておけよ。

毎度のことだが鷲羽警護班には腹立たしいばかりのやり口ではある。

 

 

 

真昼間の平和な庶民の憩いの場、

ようやくそこに気づいたようだ。

さらに、

なぜ自分がここに来たのか戸惑っている。

 

粋がった安っぽい色男気取りが、

おそろしく浮いている。

慣れぬ舞台では自分がどう振る舞ってよいのかも

わかるまい。

西原は前に出た。

 

「アキさんに

 お金をもらいに来た。

 そういうことですね」

 

「待ってる約束だったんだよっ

 ここだって教えてないんだからっ」

 

 

アキの声が甲高く跳ね上がり、

はっとしたように口を両手で覆った。

“友達”に知られたくなかったことなのだ。

 

 

 

 

アキではなく男に尋ねたのはアキを責めるためではない。

軽く手をあげてアキを黙らせ、

西原はにこやかに男の答えを待った。

 

 

 

たった今まで発生していた超常現象に関わった者には、

辻褄合わせて呑み込ませ、

後片付けして忘れさせるしかない。

 

闇を相手に一戦というのはいい。

戦う相手が闇というだけのことだ。

が、

厄介なのは世間に向かって「俺たち闇と戦ってます」と言えないことだ。

光側だから一般人に受け入れられるというものではない。

 

 

 

「お、おうよっ

 こいつが言い出したことだ

 俺は頼んでもいねえってのに」

 

男は答えを見つけた。

金をくれると言ったのはアキだ

だからここに来たのはアキのせいだという答えだ。

 

もう自分がなぜここに来たのか、

なぜ来れたのか、

この男が考えることはないだろう。

それどころか、

この居心地の悪さも赤っ恥もすべてがアキのせいだと片付いているかもしれない。

アキを睨む目にそれは露骨に現れている。

情けない男が出す答えはごこまでも情けない。

 

 

 

 

そして

アキは唇を噛みしめている。

約束してしまったのだろう。

そこに男女の機微があったのかは分からない。

だとしても約束は残る。

 

 もう死ぬしかない

 

 あたしが何とかする

 

 そんなこと頼んでない

 

 いいからっ

 何とかするって言ってるでしょっ

 

 

 

ホステスとしてアキが勤められる店だ。

世間から見たら負け犬ばっかり集まっているだろう。

闇の言うとおりだ。

人間は誰だって闇を抱えてる。

ただ 哀しいほど 簡単に利用されちまうのは、

弱くて、アホで、踏みつけやすくて、顧みられることのない人間だ。

 

 

アキが甘い夢を見たのかどうか

それは知るべきことでも思い描くべきことでもない。

それをしたら友達ではいられない。

 

 

職権濫用かもしれない。

が、

痩せても枯れても鷲羽警護班のトップを張る身なら

瑞月の周辺に起こる様々に鷲羽の力を借りてもいいだろう。

追っ払う。

金の目途をつけてやり自力で返済させる。

諸費用だけは不味いなと使う時間もない自分の預金額を思い出しながら

西原が口を開こうとしたときだ。

 

 

「相田要三だな」

 

低い声が場を凍らせた。

黒スーツ姿の男がアタッシュケースを手にそこにいた。

やや痩せぎすな体がひょろりと伸びている。

上等なスーツに金回りの良さが感じられるあたり、

この相田何某とは格の違う本物感が漂っていた。

 

 

「嘘だっ

 金曜日まで……金曜日まで待ってくれるって!」

 

やけに決まったサングラス越しに、

表情の読めない男から逃れようと

相田要三が地べたを後ずさりしていく。

 

 

 

「金曜日?

 ああ前のとこな、

 潰れたぜ。

 まあうちが潰したんだが」

 

腰が抜けたまま這いずっていた男が、

えっと間抜けな顔を上げた。

何が起こったか分からないといった顔だ。

 

 

だが

そんな情報があっただろうか。

西原は事前の調査を思い浮かべる。

面食らっている西原の心中など気にする義理もない。

小綺麗なヤクザといった風情の男は手近のベンチにアタッシュケースを置くと、

薄っぺらな書類を一枚取り出して相田に歩み寄った。

鼻先に突き付けられたそれを見て、

相田の目が見開かれる。

 

「お前の債権はうちが引き取った。

 よくあんな悪徳闇金から借りる気になったな。

 金曜日にいくら払うつもりでいたか知らないが、

 軽く500万は超えるとこだったぞ。

 

 うちみたいな健全なとこが債権者になってよかったな。

 さあ来てもらおうか」

 

淡々ととんでもないことを口にする男は、

ケースに書類を戻すと、

無造作に相田の腕をつかみ

引き摺り上げた。

 

 

 

「待って!

 その人の内臓なんか売り物になりませんっ!

 何とか 何とか お金は返させますからっ!!」

 

アキが飛び出した。

人がいい。

ほんとにWTT通信制高等学校大人クラスは、

闇につけ込まれそうな辛酸をなめながらも人の好さを失わない人間がそろっている。

 

 

 

「アキさん

 ちょっと待って。

 俺が話すよ」

 

西原は男に縋りつかんばかりのアキを

そっと引き留めた。

死ぬしかないというのは内臓でも売るしかないという話だったのか。

その内臓売買が俄かにリアルに迫ってきたわけだ。

 

 

 

よれよれになったアキの男を掴んだ手は離さぬまま、

サングラスの男は残った手で頭をかいた。

 

 

「ラブ・ムーンのアキさんだね。

 うちは良心的なんだ。

 ちゃんと働いて返してもらう手筈を調えてる。

 

 信用してもらいたい。

 そうだな、

 友達に聞いてくれたらわかる。

 なあ坊主」

 

淡々とした口調は変わらない。

そして、

サングラスを外した男は、

まっすぐ高遠豪を振り返った。

 

画像はお借りしました。

ありがとうございます。

 

 




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