この小品は純粋な創作です。

実在の人物・団体に関係はありません。




 

漆黒の毛皮をくねらせて

台所の板敷に黒が伸びをする。

ぷるぷると震える背中が気持ちよさそうだ。

 

「まあ 黒さん

 今日は遅いですね」

 

留守番部隊の女衆を率いる民が

手を拭うと

さっそく焼き魚を皿に取り分けた。

女衆たちは台所から引き揚げて

主のいぬ間に大掃除と、

屋敷に散り、

民だけが台所で黒を待っていたのだ。

 

 

 

 

「黒さんには

 翠が映えますね。

 一昨日は驚きました」

 

手早く骨を取り、

身をほぐしながら民は笑う。

 

 

前肢をそろえて

澄ました顔で馳走を待つ黒の首を

組紐につないだ双つの勾玉が、

互いの身を抱いて向き合っている。

 

 

「急にいなくなるのはいつものことですけど、

 お倉の中なんて

 どうやって入るのかしら。

 魔法ですか?」

 

コトンと

置かれた皿に盛られたアジは

なかなかの一品である。

ふんふんと嗅ぎ、

黒は満足げに舌鼓をうちはじめる。

 

 

 

「御前がね

 倉に行ってくれとおっしゃるから

 錠前を外したんですよ。

 あのお倉は

 年に一度しか開けないんです。

 お電話いただかなかったら

 黒さん

 大晦日までお倉の中でしたよ」

 

 

黒は知らぬ顔で

アジをあくあくとかじる。

 

「黒さんがお口に勾玉をくわえていたなんて。

 何が起きたんでしょう」

 

 

民は

板敷に膝を折り、

慎ましやかに首を傾げる。

 

 

「そうですよね。

 互いが見えてしまっては

 見えたものにだまされます。

 ……ようございました」

 

 

黒は皿をきれいに舐めた。

ふたたびきちんと前肢をそろえた黒が

民を見上げる。

 

よくものの分かった女たちは

人も猫も無言の内に

目を合わせた。

 

 

そして

民は

そっと声をひそめた。

 

「黒さん

 ゆうべは

 いたずらしてたんじゃありませんか?」

 

黒はぱたんぱたんと尻尾で床を打つと

何食わぬ顔で身を起こし、

民の膝に頭を擦り付け、

すたっと土間に下りていく。

 

 

民は

ふうっと息をつき、

皿を手に立ち上がった。

 

 

 したんだわ……。

 

日と月を抱く勾玉は

仲睦まじく

黒の喉元にある。

その翠に翳りはない。

 

 

日の長と月の巫、

その名を負う二人は、

互いに切ないほどに乞い乞われる一対だ。

そうでありながら

いつも危うくてはらはらさせられる。

 

 

 海斗様、

 今度はちゃんと我慢できるとよいのだけど

 

民は

黒のしただろういたずらを思い描く。

それは愛らしい仔猫を抱く狼の図だ。

 

そこのところは

いささか食い違いがあるが、

ともかく危ない二人は離れて過ごす夜を無事に過ごし、

やさぐれた狼も癒されるものはあった。

 

 

民は

ぴしっと背筋を伸ばす。

御前が戻る前に屋敷を磨き上げておかねばならぬ。

よく晴れた秋の日、

大掃除にはもってこいの日和だった。

 

 

画像はお借りしました。

ありがとうございます。


人気ブログランキング