この小品は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





あら霜。
急に冷え込んだわね。
二階の窓からは林の先の遠い山影が視界の端を青く縁取っている。
山ぎわの空は赤紫の帯ね。


鷲羽の長は
黒い狼になって
夜闇の中を駆けに行った。
夜明けがずいぶん遅くなったこと。



おじいちゃん
冬が来たわよ。
木が高くなって青くなっていく空に刺さってる。



空気が澄んだわ。
窓越しにもわかるピンとした何かに
ヒゲがピクピクする。


まるで魔法の一振りで季節が切り替わったみたいね。
洋館の窓が白くなる。
暖炉に火が入る。
階段を下りれば暖かな空気に
心はほっと温もる。



咲さんがキッチンに灯を点した。
白いエプロンの帯ををきりっと結び、
咲さんが微笑む。
温かな料理を我が子のために作る時間が始まるわ。

西原チーフ、
モニター睨んで
ここに仔猫が降りてくるのを
今か今かと待ってるでしょうね。




もうすぐ魔法が解けて、
月の精は仔猫に戻るんだわ。


 いい子だ
 
そう言うと
あなたは少し苦しそうに
仔猫を抱くの。
あなたの我慢が夜の甘さを増してる。



たけちゃんがいない。
だからかしら。
闇の気配もないけど、
勾玉の呼び声もしない。
そして、
おじいちゃんは静かに静かに眠っている。


仔猫はカナダの頃に返ったみたいに、
洋館で海斗を待っている。
繭に籠りもしない。
母屋に漂っても行かない。
おじいちゃんは静かに静かに眠ってる。
そう眠っているの。


おじいちゃんこそ
何かの精みたい。
たけちゃんが出掛けると
ふーーーーって眠りっぱなしになる。



そして、
夜は甘い。
あなたは、
仔猫が蜜でいっぱいになるまで甘やかす。
あなたを呼ぶ声が
それはもう愛らしかったわね。
法悦の極みを漂う天使を見たわ。
それを見つめるあなたもね。
誰もそんな仔猫を知らない。



あなたはカーテンを開けて行った。
だからね、
曙光はベッドに差し込む。
戻るまで目覚めないって期待してるのね。



咲さんは手早い。
スープはコトコトと湯気をあげる。
おいしい朝食はもう間もなく出来上がる。
広敷に集う男衆も第一陣がいただきますをする頃ね。



だからあなたもスーツに着替えなくちゃね。
仔猫を守る戦士でいたいなら、
昼間の戦闘服はスーツよ。


今、
丘の上に真っ直ぐ日の光が届いたわ。
無数の光の矢が丘を越えて林を貫く。
その光を背に戦士の一群が
真一文字に駆け降りてくる。

ああ
あなたね。
一糸乱れぬ隊列にあっても
あなたはわかる。
長身に漲る力がこの鷲羽の本陣の地を一瞬に満たす。
黒い狼さん。
王にして戦士のあなた。

わざわざ見に行ったりはしないわよ。
目に浮かぶもの。



すっかり朝になった洋館は
明かりも満艦飾。
シャンデリアがきらめく。
暖炉の前には敷物が広げられてる。



咲さんが
キッチンから出てきた。
何でも見えている咲さん、
屋敷を統べる女主人が
一族の長を出迎えるために、
暖炉の脇に控えたわ。


寝台には
あなたの愛しい仔猫が眠ってる。
レースのカーテンに和らぐ曙光が
その睫毛の影を落とし、
ぷっくりとやわらかい唇は
あなたの口づけを待っている。

さあ
あなたの仔猫はお寝坊さんよ。
もうあなたが来てくれるって安心しきってるんだから。
咲さんは婿のあなたには厳しいわよ。
起こすのよ。
抱っこはいいけどそれだけですからね。
朝食は温かい内に食べさせる。
いいわね。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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