この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





日暮れが早い。
セツは八分方を終えた夕餉の支度を
そのままに止めおかせ、
調理場を出た。


赤く空が燃える。
緋を纏う少年の四肢が揺らめく。
ひそめた眉に半ば開いた朱唇が震えて
口の端から流れる甘露が細い頤から滴る。
丸い肩先はむき出しになり、
緋色の袖に縛められて、
嫌々をする。

今、
悲鳴は上がった。
無惨と感じるほどに反らされた胸に
二つの蕾が緋と照り映えて
あえかにふるえる。

欲情に染め上げられ
忘我の境地をさまよう贄は
黒い衣に巻き取られ
垂らされた白磁の腕ががくがくと揺れる。


濃紺の空に
燃え上がる緋は沈みゆく。
もう緋は、
己の欲情の深淵に溶け入り
ひたすらに濃くなりまさる夜闇に
己を忘れていく。


 喰らい尽くされたことだろう………。


〝逃げてくるかもしれません。
 殿方の昂りを
 あの子は怖がります。

 一度………ございました。
 総帥はひどく酷くもなられます。
 あの子を失うくらいなら
 責め殺してしまいたい。
 そうお思いでしょう。〟


その折りは
少年を鬼から隠し、
守る。
セツは少年の母だという女性に
そう約していた。



宿の主が住む屋敷の広壮な庭園は、
〝鬼の栖〟を秘めおく結界だ。
その外縁を包む竹林に抱かれたそこは、
子宮の中にあるごとく
守られている。



幻は
釣瓶落としの入り日が見せた
短い夢だ。
竹林は見る間に影を深くし
こんもりとした闇となりつつあった。





夕餉の刻限は迫っていた。
が、
それを供することに躊躇いがあった。
だから、
閨房を窺う禁忌を犯す。


 あの折りは………佐賀さまは
 そのおつもりだった………………。


襖越しに洩れ聞こえる睦言に
立ち上がることを忘れた。
美しい睦言だった。
このように美しいものだったのか、
人が体を繋ぐということは。
その美しさにセツは勤めを忘れたのだった。


 今は、
 どうなのか………。


ひっそりと
その庵の引き戸を開け、
慎ましく草履を懐に抱き、
セツは足音を消す。




いっそ〝鬼〟を称する男たちに倣って
貪るだけ貪りたい。
そんな思いが男を灼いていたのを
セツは見ていた。


倣ったつもりでも、
その営みは、
ああはなるまい。
嫉妬すらも美しく凝る鬼の佇まいだった。
セツは端正な容貌に落ちる翳を
美しく感じていた。

客たる〝鬼〟と自称する男たちの滑稽な劣情など、
一片も似たものはない。


渡り廊下は
既に薄闇の中だった。


そこに膝を折り、
セツは待った。


イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。
ありがとうございます。


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