この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。



「ようしっ
 俺たち、
 最高の合唱団に
 乾杯!!」

かんぱーーーーいっ!!!
級長政五郎の音頭で、
一斉に紙コップが高々と掲げられた。




さっさと裏通りを駆け抜け、
扮装に察した通りがかりの通行人たちを喜ばせ、
WTT高等学校の入り口に再び整列し、
やってくるオープンスクール参加者を迎えて、
歓迎の意を表する役目についたのだ。




おタカさん、こと土屋校長は、
寛大にも30分でよいと
太っ腹なところを見せていた。



駅前の群衆とは
雰囲気の異なるひっそりとした親子連れが
ぽつぽつと
途切れることなくやってくる。



このところ、
わりと出足が早いのよ
おタカさんは大人クラスに言っていた。


オープンスクールは、
基本中学生対象に開かれる。
土日のコースを取る受験生は少数派で、
普段ほとんど見かけぬため、
寄り合い所の大人たちには縁がない中学生たちは、
親にぴったりくっついてくる者、
ひどく離れてドアを潜る者、
それぞれだったが、
無口なところは共通していた。



蝶々のメイクの瑞月は
美少年とも美少女ともとれる姿のまま、
玄関を潜る親子連れを
満面の笑みで迎えていた。


「こんばんは。
 どうぞお入りください。」


お人形さんのような愛らしい姿、
そこに女神様の三人が
にこやかにパンフレットを渡す。


背景には
妙に目ばかりぎょろついたパックもどきに、
とんがった靴に
ぴったりした股引き姿の小人だったり、
賢者の長衣に組紐のサッシュ姿だったり、
なんとも奇妙な軍団が控えている。


その
さらに後ろが問題だ。


女子中学生らは、
うっかり見ないよう、
全力で視線を逸らしつつ、
全身全霊で意識しているのがよくわかる。


鷲羽海斗と西原努は、
あまりに性的刺激が強いため、
肩からマントを被されていたが、
それでも胸筋は覗いていた。


音羽コーチによる音羽コーチのための
半裸に革ベルトの騎士像は
教育現場には些かそぐわない。



〝俺たちは
 引き揚げていいんじゃないか?〟

鷲羽財団総帥は
若き警護班チーフに囁く。
他からはわかるまい。
訓練の賜物だ。

〝無害な通信制高校生は
 姿を隠したりしません〟


今回は、
徹底的に、
一通信制高校生としてクラスと行動を共にすることで、
鷲羽財団総帥は身を隠すことにしたのだ。

鷲羽海斗も
それはわかっていた。
ただ、
視線を痛いほどに感じ、
居心地が悪くなったというに過ぎない。

今まで散々視線を浴びながら、
どうとも感じずに
無関心を貫いてきたというのに、
不思議と今夜は視線を感じる海斗だった。



受付の教師に溶け込んだ作田が、
心許なげな母親を
にこやかにエレベーターへと先導していく姿が、
何となく慕わしい。


 人と関わるとは
 いろいろと難しいな………。


存在を眩ますだけなら、
何ということもなくできる。
警護のスキルというものだ。


だが、
ここに自分を取り巻くのは
〝クラスメイト〟という存在で、
彼らの前から
〝騎士に扮した海斗さん〟を消すことはできない。


リーーンゴーーーーーン………。


学校のチャイムの音が、
エレベーター前に鳴り響く。
どうやらお役御免となったらしい。



「さあ
 私たちは
 音楽室に上がりましょう。」


そして、
今、
一同は音楽室で、
お目こぼしいただいたビールで乾杯となったのだ。
もちろん三人ほどジュースのメンバーを含むし、
二人ほど烏龍茶のメンバーもいる。




「俺は
 お前と早く飲みたい!」

烏龍茶を飲み干して
西原がジュースの高遠に唸るように話しかける。


「おいしいの?」

可愛い顔を
鮮やかな隈取りで彩った瑞月が
小首を傾げる。


「うまいときも
 まずいときもあるさ。

 今夜は
 うまいときだ。
 最高だ。」

政五郎が引き取る。
蝶々の瑞月は
ふーーんと
誰かを探すようにきょろきょろする。


それを
胸が痛むように
海斗は見つめていた。


乾杯が済んだところで、
そっと輪を抜けて
気配を消してじっとしていたのだ。


瑞月は探しあぐねたように
視線を漂わせ
高遠がその肩を抱く。


女性陣の輪へと
その顔を向けさせている。
あっと顔を輝かせ、
アルトの三人に何か話し出している。



「隠れてるんだね。」

「ええ。」

「疲れたかい?」

「………わかりません。
 ただ………はい、疲れました。」

「ただ、なんだい?」

「不思議な感じでした。
 落ち着かなくて、
 自分がひどく弱くなった気がしました。」

「嫌だった?」
「………いいえ。
 疲れましたが、
 嫌ではなかった。」

「よかった。

 ほら
 みんなも わかってるみたいだ。」


アキが
鞄を開いて
妻が外出から帰ると化粧台の前でせっせと使っていた諸々を
取り出している。
女神たちが瑞月の隈取りをせっせと落とし始めたのを
作田は確認したのだ。



「ほら 
 探しているだろう?

 呼んであげなさい。」


きょろきょろと眺め回す顔に
さらさらと黒髪が揺れる。
その眸は光を宿し、
胸の中に細い呼び声が谺し始める。


 海斗………海斗………………どこ?


その後ろに
もう己を見つめている高遠がいる。
その視線が自分を責めているようで、
それでいて
その責めに反発する己もいた。


ふうっと息を吐く。
自ら消していたものが流れ出る。
作田がそっとマントの紐を外すのが感じられた。


「瑞月
 おいで」

半裸の騎士は、
王の姿をして、
そこに立っていた。


ゆらっと皆が道を開いてくれるのが
感じられた。
もしかして、
このクラスの全員、
自分が隠れていたのを承知していたのだろうか。


ふと
そんな思いが海斗の脳裏をよぎる。
まさか………悟られたことなどないのに。
そう打ち消しながら、
それでも、
自分を見る皆の目にある寛容な笑みに、
海斗は思った。


どう隠れていたかなど
どうでもいいのだ。
ただ
少し疲れた自分を
皆がわかってくれていたということだ。


腕に飛び込んできた柔らかい体が
いとおしかった。
今は、
自分だけのものとなった細い肢体が
腕の中にいる。


「よっ
 御両人!」

政五郎が笑っている。
ふっと微笑んだ高遠が
何気なく身を返し、
綾子がその背を見つめている。
それがどんな意味があるのか、
そこはどうでもよい気がした。


触れた胸と胸から
回した腕の先から
流れ込んでくる愛しい魂が
海斗を満たしていた。


作田が
片手をあげ、
水澤は渡邉と肩を並べて微笑んでいた。
過去と現在との狭間で
短い平和のときは一つの大団円を迎えた。



長と巫、
姫と騎士の一対は
皆に祝福されてそこにあった。


イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。




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