この小品は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





屋敷に戻って初の登校日が
明日となった日のことだ。


花の洋館は
これで
もう二週間ほどを閉めきっていた。
咲も綾周に繋がる記録の有無を調べることに忙殺され、
こちらには思い至らなかったらしい。


微かに眉を寄せたカーリーは
瑞月の
〝わー
 お花のお家に行けるんだー〟に
瞬時に慈母観音となって微笑んでみせたが
自らの手抜かりに
少なからず動揺していた。



「瑞月ちゃん
 とっても素敵なホテルがあるの。
 しばらくぶりの休日です。
 総帥にお食事の準備までさせては
 申し訳ないわ。

 どうかしら?
 総帥にもゆっくりしていただきましょう。」



瑞月は揺れた。

「あっ
 そうだよね。
 海斗、疲れてるよね。」

しょぼんとする。




俺は一歩前に出た。
ここはもらった!
そう思った。
瑞月の手を取り優しく覗き込む。


「瑞月、
 覗いてごらん。」

瑞月が可愛らしい目を閉じた。



高遠はため息をつき、
荷物をまとめに
とっとと部屋に向かった。
奴は自宅に帰る日だ。
あちらもご両親が待ち兼ねておいでだろう。


「海斗………お料理したいの?」

瑞月が弾んだ声を上げる。
お前が覗き放題に覗けるようになった今、
見せる部分と隠す部分を仕分けるのは
すっかり慣れた。
俺は料理は何でもない。
嘘ではないんだ。


「咲さん、
 いつも俺にまでお気遣いをいただき
 感謝しています。

 料理くらい何でもありません。
 瑞月と二人で過ごせることが
 何よりの休日です。

 花の館で過ごします。」


咲さんは
ぴくっと眉を動かし
俺の顔をまじまじと見つめた。


そして、
ゆっくりと微笑む。
口角が上がり能面さながらのアルカイックスマイルが完成した。
瑞月にはこの微笑みの恐ろしさは
わかるまい。


「まあ総帥。
 瑞月を思ってくださり、
 咲はうれしゅうございます。

 総帥になら瑞月をお任せできますわね。」




そうして、
俺たちは洋館に着いたんだ。
車から降りると
日差しが汗ばむほどに降り注ぐ。


「わー
 やっぱり東京って
 暑いねー」


屋敷は標高が高いし
数日前までは東北にいた。
ふっと咲さんの言葉が甦る。



〝そうそう
 こちらは初夏というより
 夏の陽気でしたのよ。

 お気をつけあそばしてくださいませな〟



〝はい
 体調には注意を払います。

 あ、
 私は掃除も気になりません。
 誰か使ったというわけでなし、
 自分で掃除くらいできますので。〟

つい言ってみたくなり、
俺はそう応えた。


その瞬間、
咲さんはニッと笑った………ように見えた。
何だろう。
気温が上がったから何だというんだ。



西原は
俺に鍵を渡すと
瑞月には目で挨拶して
部下を連れてアパートに向かう。


すると
「トムさん
 また明日ね」
いきなり甘い声が横をすり抜ける。



もうチーフとなった身で
西原に瑞月の警護をさせるのは
問題なんじゃないだろうか。
そう思う俺の前で
瑞月は西原の腕に
ギュッとしがみつくんだ。



「ああ
 寝坊するなよ」

西原が
瑞月の額をつついて笑いやがった。


寝坊するな?
寝坊………。
どういう意味で言ってるんだ!?



「必ず起こす。」

俺は感情は出さない。


「お願いします。」

西原も出さない。
それどころか
ニヤッと微かに笑うようになった。


瑞月が
ぶんぶん手を振って
西原は門を出ていった。


「海斗
 ここにしてくれて
 ありがとう!」

二人きりになると
瑞月は
ピタッと俺の胸にはりついた。
声が少し潤んでいる。


そっと顔を上げさせると
本当に涙ぐんでいた。
はっとした。
みちのく最後の夜が思い出される。


「瑞月、
 二人きりで過ごそう。」


花の館にしてよかった。
咲さん、
ここでよかったんです。




俺は
鍵を開け
瑞月を抱き上げた。


イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。
ありがとうございます。

☆長の器エピローグは
 また改めて書きます。
 ちょっと小景を先に書き出してしまいました。



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