この小品は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




雪になりそうだった。
風邪を引いた老人は
黒に付き添われて
お粥を食べさせてもらっているだろう。



ご馳走さまと手を合わせると、
拓也は時計を見上げた。


「今日は
 早めに出ましょう。

 泊まりになるかもしれません。」

泊まりという可能性が
兄に与える揺らぎを楽しんでいるくせに
拓也はそれを顔には出さない。


「俺は帰る。」

海斗は短く応えた。
拓也は肩をすくめる。

まあできるかもしれない。
付き合うつもりは毛ほどもないが、
兄は戻るだろう。
その応えの速さと短さに
クスリと笑って拓也は満足した。




準備がある。
ゆうゆうと出発を待つ海斗とは
立場が違う。

「みなさん
 ご馳走さまでした。」

拓也は
さっさと廊下を通路へと
向かって行った。
地下を通って戻るつもりらしい。


自分も戻らねばならない。
海斗は
子ども席の瑞月を振り返った。



〝咲お母さん
 ぼく
 あったかいおやつがいいな〟

〝じゃあ
 俺がふーふーしてやるよ。
 猫舌なんだから〟


海斗の動きが止まる。

〝ひどーい
 笑わなくたっていいでしょ〟

〝じゃあ
 ふーふーしない?〟

〝してくんなきゃ
 食べらんないじゃない〟

〝お汁粉にしましょう。
 豪さん
 お願いしますね〟



膨れる瑞月と
保護者の少年を囲み
台所を預かる女衆は賑やかだ。


大人席の会話に関係なく
子ども席は
食事を楽しむ。
それは
母屋での暗黙のルールだった。


瑞月には
入れない会話は
聞こえない設定にしてやるのが
不安定な成長の階段を上る瑞月には
必要な気配りだった。



屋敷という繭の中では
瑞月は
幼さを隠す必要がない。
行き来する魂は伸びやかに翼を広げていた。


 行き来する。

 光そのものかと
 額づきたくなるかと思えば、
 抱え込んで涙を拭ってやりたくなる。


そして………悩ましかった。




胸に感じる明るさに嘘はないのに
その無邪気な甘えに
海斗の胸はざわつく。



 帰るさ
 俺は戻る


雪の予報と
会合の重さとは秤にかけられない。
日延べができるほど
スケジュールに余裕のある者たちの集まりではなかった。

だから戻る。
鷲羽財団総帥、
鷲羽の民を統べる長はそう決めていた。
巫は待っている。


 いや
 待っているのだろうか………。


〝たけちゃん
 だーい好き〟


機嫌を直した瑞月が
高遠豪の腕に
ギュッとしがみついた。



クローゼットから
堅苦しくなりすぎぬスーツを選んだ。
深緑を基調とした調度に
一方の壁を埋め尽くす書架
端正な姿に野生を秘めた風貌は
この部屋の主にふさわしい。



窓辺に寄る。


空は低い。
戻りに不安はなかった。
海斗の思いは
瑞月に向かっていた。



  コンコン………。

ノックが鳴った。




「今日、
    海斗はお出掛けでしょ?」

スーツに
はっとしたようだ。
海斗は静かに見下ろす。

上目遣いに
瑞月が見上げた。



そして、
海斗は窓辺の椅子にかけている。
瑞月のセーターの襟は
ざっくりと広がり
中に着たシャツのカラーが
そこに覗いている。



   薄紅色………。
   

自身は
いつもの椅子にかけると、
ゆったりと脚を組んだ。


  見ていられる
  



書架の脇に置いたスツールを
テーブルに寄せてやると
いそいそと座る。
小鳥のようだ。



「ここで
    やりたいなって
    思ったの。」

抱えてきた本は
図書室のものらしい。
鷲羽の書庫にもあるだろうが、
何でも読める子ではない。


水澤は
このところ、
瑞月に本を持たせて帰すように
なっていた。



抱えると
胸が隠れる大きさのそれは、
詩画集だった。


咲の手編みだろう。
薄紅色のセーターは暖かそうだ。




少年は
一心にページを見つめる。



 
「海斗
 雪が降ってくるとね、
 鉛筆の字が濃くなるんだって」



瑞月が
そっと身を寄せるのを
海斗は拒まない。
膝に乗った瑞月は、
ほっとしたように身を預けた。


持ち重りのする愛しさを抱いて
男の眸は深くなる。


「ああ
 そうだな」


胸にもたせた頭が上がると
華奢な肩の丸みが
そっと胸を押す。


その髪を指ですいてやりながら
男は
その一筋一筋がその腹をこする感覚のけざやかさに
驚く。


 ああ
 雪か


鈍色の空は
垂れ込める。


 
 今
 降りだした………。

窓外を確かめるまでもなく
男は思った。



己を見上げる眸を縁取る睫毛の影までが
くっきりと濃い。
白い頬
唇の朱
造作の一つ一つが
今描かれたばかりの絵のようだ。


「海斗が
 ぼくを見てる」

「ああ
 いつも見ている」



本を取り上げ
卓に置く。
取り上げられるままに
離れる指先は
一瞬頼りなく残る。





わかっていても
分からない男の意を待って
ふんぎりのつかぬ体を持て余し、
少年は目を伏せる。



「お仕事は?」

甘えているようで
少年は気が退ける。



「もう時間だな
 お行き。

   俺は出掛ける。」

海斗は
その額に唇をあてた。

「今夜は
    必ず戻る。

   お前を見たい。」


鷲羽財団総帥は、
その伴侶を置いて屋敷を出た。
降り出した雪は
早くも車回しをはだらに染めていた。


イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。






☆すみません!
     午前11時には、
     〝俺は出掛ける〟まで
      書いてました。
      遅くなりました。

      すみません!!
       ちょっと昨日の読書から
       井上靖さんの〝雪〟で小景書くつもりでした。

      書き出したら、
      たぶん
       この山場終わって、
       小景シリーズで第九合唱終わって、
       その次の章のプロローグらしきものになっちゃいました。

      ど、どうしよう
      なんですが、
      一件落着に六時間かかり、
 ちがった!七時間半じゃんか!
      バレンタインチョコも買えず、
      家に辿り着いて、
      現在15分経過です。

      イメージ画お借りして投稿に
      さらに15分かかりそう。

       推敲し………てる余裕ない。
       次が数ヶ月後という
       ふざけんなプロローグを
       お許しください。

   
       さ、最初は
       下に続く小品書いてました。
       最初のまま残したのは、
       髪をすいてるとこだけ。
     
 
          あれ?
           しないの?


      すみません!
      品の欠片もない。


      何か
      〝あ、昼間なんですね〟と
      ふにゃっと書いてたら
      小景にあるまじき伏線だらけの展開。

      ………………その章になりましたら、
     この言い訳削って投稿しなおします。



     



雪明かりに仄白く浮かぶ裸身を
男の指が辿る。
小さなあご先から
のどへ
その胸へ


 ほら
 濃くなった

 
そっと
その先に唇が落とされ
白く白くなった肌が朱を帯びる。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。

☆書くまでのあれこれ露呈を
    お許しください。
    ほんとしょうもない。

    もう
    色々と慌ただしいリアルでございます。



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