この小品は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。



白々と明ける空、
差し初める光は緩やかな白い起伏を見せる丘陵を
仄かに赤くする。


林の木々を覆う綿帽子は
陽光を弾いて煌めく。
さっと光の矢は走り、
洋館へと続く雪道に影が生まれでた。


 銀世界か………。





夜半、 
キシッ………となる
寝台の軋りに知った。


 今
 雪が降り出した………。




 海斗………
 ………海斗………………。
 

名を呼ぶ声が
しんしんと降り積もった。


点る翠の影は、
反り返る胸を白々と闇に浮かべた。
耐えきれぬと引き絞る声と
締め付ける内奥の震え。



屋根に降り積み
窓の縁を白くせり上げ
雪は館を包んだ。



 海斗………………
 海斗………
 海斗
 海斗
 ………………………。
 
名を呼ばれ
名を呼んだ。



白い炉は
燃え上がり
その熱のあまりに透き通る。

欲情は滴り
その背を汗に濡らし
胸を伝い
ボタポタとシーツを湿らせた。





いつ止んだのか。
明けてみれば
晴れ渡る朝だった。

  


   春が来る。
   いや
   来たのだったな。


朝陽を弾いて
勾玉が光る。


瑞月を抱いて
ただ失うことを恐れていたときから
もう一年が経つのか。



振り向くと
己の伴侶の愛らしい寝顔が
見える。


  夢のようだな。

今も
この天使を得たことそのものが
一つの夢のように
思われる。


海斗は
その夢を惜しむように
その姿を見つめた。



ふわっ
瞼は上がる。

そして、
探すのだ。

いつも
その眸は朝陽の中に
その姿を探す。



息を詰めて待つ海斗の眸に
花が咲くように微笑む瑞月が眩しかった。



「おはよう
 海斗」

「おはよう
 瑞月」


挨拶は交わされる。




夜具を抜け出そうとするのを
白いガウンに包み込み
海斗は
瑞月を窓辺へと誘う。


「真っ白………。」

瑞月が目を見張る。



「今年最初の雪だな。」

「きれいだね。」

「ああ
 綺麗だ………。」



ただ二人、
雪籠りしたような静けさだった。



「不思議だな。
 雪に
 春が始まる。」

「春?」

「ああ
 春だ。」



瑞月の細い指が
そっと窓に積もった雪をなぞる。
その細い指先を見つめる目に
ふっと舞う花びらが浮かんだ。






桜の花びらを映す
その指先のピンクが
雪に映える。



「………春だね」

瑞月が囁く。



海斗の中に散り初める桜が浮かんでいた。

「ああ
 春だ。」


海斗は
そっと瑞月を抱き上げた。


 桜を見たい
 桜になりたい


初雪の朝、
綿帽子に包まれた春が
二人を訪れる。






朝まだき、
恋人たちには、
まだ時間があった。


イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。



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