この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。







小さな肩は震えてはいない。
では、
この吐息は何だろう。
思うや愛しい番(つがい)は背伸びして胸にすがる。


 海斗
 ぼく
 お母さんの代わりになったげる

 大好き 海斗
 大好きだよ


足元が
急にふわっと柔らかくなった気がした。
薄闇の中を進んでいた。
己の番は闇を怖がる。
急いでいた。
急いでいたのに足は止まる。




 ばか
 お前はお前だ
 俺はお前がいれば幸せだ


囁き返す声が
我ながら甘い。
胸にすがる指先を握り返せば
応える吐息はますます甘い。



海斗は
それを振り払うように
前を行く己が軍団と秦伊周のひょろっとした後ろ姿に目をやった。




細い灯りは
すっ
縦に均一の幅をもっている。

そこに扉がある。
そして、
その向こうには明かりが灯っているのだ。

 誰かが
 そこにいる。
 無人の可能性は低い……。



浮かれてはいられないのだ。
狼は狼の習性がある。
海斗は
この選択の余地なく飛び込んだ迷宮行の形勢を推し量る。



瑞月に戦闘が可能とは思えなかった。
この華奢な指先は
己が力を込めたならあっけなく折れてしまうだろう。
襲い来る男たちの獰猛な牙をものともするものではないが、
恐怖にすくむ瑞月を思うと堪らない。



民は
読みきれない。
咲の一の部下である。
いざとなったなら赤子を抱いて飛翔もしてのけそうだ。
だが戦闘要員ではない女衆に立ち回りなど……屋敷の掟に反する。


西原と政五郎は飛車だ。
前後を固める二人への信頼は磐石だった。
闇に惑わぬ戦闘要員であり、
かつその力は抜きん出ている。
傀儡など何人出てこようが蹴散らして血路を開くだろう。




水澤と渡邉は
最強にして最弱のポイントだ。
水澤の柔道は大したものだが、
二人には別の務めがある。

今は
秦の家に残る文書を知ることが最優先だ。
それは……瑞月を守ることにすら優先されているだろう。
二人にしか出来ず、
今しかチャンスはない。



それにしても、
海斗は思う。


 何なんだ
 この大人数は……。



 海斗
 ねっ
 ぼく
 絶対海斗だけだよ
 ぼくを鳴らすのは海斗なの。

 それだけ信じててね


立ち止まった海斗の
狼の心は
瑞月には異国語なのだろう。

読みきれぬ海斗の心に構わず
瑞月は
己の一番と思うことを囁き続ける。



そっと
その顔を仰向かせ
その額に唇をあてた。


 信じている
 だから
 俺は最強だ。

 離れるなよ。



コホン
嗄れた咳払いが背を押した。


「もういいかい?
 お二人さん」

「ええ
 マサさん
 巫の守りをもらっていました。
 ちょっと気弱くなったものですから。」

きゃっ
瑞月が薄闇の中で
飛び離れようとするのを
軽々と抱き寄せて海斗は応える。


「ああ
 わかってましたよ。

 海斗さん
 あんたには瑞月ちゃんがいる。
 揺れないことが一番の守りってもんだ。

 さあ
 鬼が出るか蛇が出るか。
 楽しみですな。」



幻の中でもその声は
そこを現とする。
政五郎は頼もしかった。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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