この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




少年は
サガの手に身を委ねた。
男の右腕は造作もなく少年を抱き上げ
バスタブに寝かせる。




フワフワしたスポンジの花が
首筋を泡に包み
胸から腹へと少年を清めていく。

湯に沈む体は
泡に隠れ
佐賀は指先を頼りに見えぬ体を丁寧に辿っていた。



「だいじょうぶ
 土がついただけだ。」

その髪を濡らしてやり
洗う。

「きれいになった。
 だいじょうぶ
 だいじょうぶだ」

赤ん坊にかけてやる言葉にも似て
佐賀は
その応えを気にすることもなく
ただ言葉を掛け続ける。


少年は啜り泣きながら
やがて
声をおさめ
ふわふわと揺れる泡に馴染んでいく。


バスルームは柔らかに明るく
佐賀の手は優しい。
髪を洗う指先が眠気を誘うらしく
その瞼が閉じられ
その唇がむにゃむにゃと囁きかけては頼りなく閉じる。


 サガさん‥‥‥‥。

唇はそう読めた。


頬に残る平手打ちは
佐賀の刻印だ。
死にたかった少年はその思いごと封印されて
この体に眠っている。


「だいじょうぶ
 だいじょうぶだ」

 だいじょうぶ
 俺が守る
 必ずだ


佐賀は
少年の教科書に残された字を思っていた。
誰かと重ねている。
佐賀に心を許したわずかな瞬間は
その誰かのものだ。


おそらくは
あの微笑みもまた
その誰かのものなのだ。



佐賀を筆頭に
この世に繋がる全てを拒んで消えた少年は
この華奢な体のどこに膝を抱えているのだろう。




花柄のタイルも
柔らかな明かりも
今の少年には何と似つかわしいことか。


 サガさん‥‥‥‥。

唇は動き
佐賀は応える。

「だいじょうぶ
 だいじょうぶだ」


髪をすすいでやると
佐賀は
バスタブの栓を抜いた。


あれ?
と目を開いた少年は
素直に佐賀を見上げる。

流れていく泡の中、
佐賀は少年に手を差し出し
少年はその手にすがって立ち上がる。



肩に
胸に
腹に
わずかに残る泡を
佐賀はシャワーで流していく。


大人しく
されるがままに立つ少年は
羞じらう様子もなく
目をぱちぱちさせていた。



不思議なほど欲情は湧かなかった。
佐賀の手に託された魂は
佐賀一人を頼って無垢な眸を向ける。





「サガさん
 ありがとう
 あの‥‥‥‥助けてくれて
 ありがとう」


タオルで
ごしごしと頭をふいてやると
ピョコンとタオルから出てきた小さな顔には
愛らしくえくぼを刻む笑みがあった。



少年を生きるという地獄に突き落とした罪人は
信じきった笑みの無垢に
その罪をふたたび胸に刻んだ。
そうして微笑む。
佐賀は微笑んだ。

「何でもない
 俺はお前のものだ。
 お前を守るために俺はいる。

 だいじょうぶだ。」


佐賀の罪を知らず
ただ信じきる少年に
佐賀は微笑みを返す。


佐賀は決めていた。
いつか
必ず
そのときまでを守りきる。

己の罪はそのときに償う。
その償いをするためにも
佐賀は少年を守らねばならなかった。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。




人気ブログランキング