雨を呼ぶ2015-11-05 23:19:14
テーマ:晴明

この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





自室にあり
厄介な預かりものを
晴明は
見詰めていた。


漆黒の肌にびっしりと生えた体毛は、
針の山としか見えない。


節くれだった太い手には
鉤爪のような指がついている。


晴明が結んだ結界にあるそれは、
橋姫の腕だ。


「面倒な。」

そう呟きながら
晴明は深淵へと下りる。



宇治の流れは逆巻いている。
渦の底に渦巻くのは女の黒髪だ。


その渦を足下に晴明は気を集める。
白皙の顔、
髪は結わずに肩から流している。


印を結び目を閉じる。
朱唇からは低く真言が響く。


白光が辺りを包み、
一瞬後には
小綺麗な屋形があった。


晩秋の庭は
鮮やかな紅葉に彩られている。


その庭に立ち晴明は主と対峙した。
几帳に身を隠すでもなく
女がこちらを見詰めていた。



『何ぞ、用か?』

錦秋に白の狩衣が映え
肩から腰までを覆う黒髪は嫣に艶めく。



「御不自由かと拝察し
    罷り越しました。」


『美しい男よの。
    妾に不自由は男のみじゃ。

   妾を楽しませてくりゃるのか』


「滅相もございません。
    世に名高い橋姫様、
    どうして私などが御相手かないましょうや。」


『させてみしょうか?』



庭の木々から極彩色に染まった葉が舞い上がり
晴明に襲いかかる。


ふっと掻き消すように姿は失せ
1本の扇が残る。



『形代か?!
   小癪な真似を!!』

「姫
    互いに
    無駄な時を過ごしたくは
    ないものでございます。」


縁に乗り、
ずいっと踏み込んだ晴明は
女の片袖を掴み
札をかざした。


みるみる袖はしぼみ
女は片膝を付いて低く呻いた。



「この腕ではお辛いでしょう。
    昔のお姿で
    繋いでさしあげます。」



屋形のみが黒髪の渦に浮かぶ。



「褒美に
    雨をいただけたなら
    昔を今に為して御覧にいれます。
    いざ、
    橋姫様、
    御約定を。」


カッ!
と 
閃光がひらめき屋形が揺らいだ。



くぐもった声が殷殷と響く。


「都の雨、
   確かに承った。」


晴明は女の衣を肩から滑らせ
剥き身の身体に
破り取った狩衣の袖を打ち掛けた。


晴明がふっと息を吹き掛けると
暗闇に
人の形が浮かぶ。



「まず男でございましょう。
    御存分に堪能されませ。」


責め苛まれる女の啜り泣きが
嫋嫋と流れ始める。
縁に立ち
上方に手を伸べると
そこに鬼の手が浮かぶ。



「その女、
    正気に戻してはならぬ。
    溺れさせておけ。」



己の顔を写した式とおんなが痴態を繰り広げる様に背を向け
腕を見上げる晴明である。



一声、
絶え入るように長く引く女の声とともに
鬼の腕は姿を変えた。


その機を逃さず
朗々と響く回生の真言。



白光が満ちた。
鬼の腕はたおやかな女の腕となった。
白光に
震え溶けるように消えていく。



晴明一人を残し
全ては溶明に消え始めた。
自室には既に鬼の腕はない。


「雨を呼ぶ御約定
   確かに頂きましたぞ。」


ふっと皮肉に笑い、
秋の月を見上げる晴明である。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。




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