この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。



ドアは滑らかに開き
小卓に飾られた花はすっきりと垢抜けている。
エレベーターから一歩出れば
微かな香が立ち込める。


 
 やっぱり
 打ち上げのときだな……。
 
 みんなとは
 大きな口開けて飲みたい


客席に勢揃いした
潮風にさらされ、
土に向き合って、
深く刻まれた皺深い顔が浮かぶ。




拓也は脇を行く西原をちらと見る。
一人従えた部下は
これもまた随分と若い。



精悍な顔に逞しい肩、
警護班一の出世頭は
頭脳派体育会系だ。


彼は
もともと
パーティーの参加者は
極力減らすスタンスだった。
人が増えれば危険は増す。




まあまあと宥め、
祝賀会参加を打診してみると、
生産者一同は口々に答えたものだ。



〝武藤さん
 そんなヒマはねぇよ。

 5日の打ち上げで
 一杯やろうや。〟
いうわけで
夜は三枝憲正が柱となる利益還元の輪の確認の場に切り替えられた。
流通部門の経営者らは
その場を別の意味でも活用したいだろう。




拓也自身が生産と流通のライン構築に忙しく、
地域にその利益を還元する輪に連なる御歴々に
面通しができていなかった。


 ここがいい機会だ。
 生産者側も代表は出席している。
 安心してもらえるだろう。

 
転んでもただは起きない。
共に祝うときを夢見るくらいには
ロマンチストである武藤拓也は
その夢を具現化するにあたっては、
徹底的な現実主義者だ。




鷲羽が借り切ったこの階は、
パーティーの際には
商談を含む招待客らに小休止の場として提供される。




総帥は
興味あるまい。
いや
あるが、
それどころではない。



西原にも総帥にも
ここは祝賀会である以前に戦場だった。
そして、
鷲羽は
祝賀会を成功させねばならない。
それも戦いの内だ。




拓也は
セレモニーから
祝賀会、
物産展にいたるすべてを
己の才覚で乗り切る覚悟を決めていた。



が、

 
 親分は
 兄さんだよ
 シナリオはこなしてもらわないとね

というわけだ。




長兄と末弟が
ぴったり寄り添っているだろう一室を目指して
武藤補佐は進む。



総帥の今日の動きを
警護班チーフと共に確認する。
その刻限だ。





〝そろそろどうです?〟

武藤から電話が入ったのが、
ついさっき。


瑞月は
「わー拓也さん!」
自分も話したがるので、
海斗は携帯を渡してやり
瑞月を眺める。



「ほんと?
 嬉しい!」
笑顔になったり
「うん
 待ってる」
しおらしくなったり、
瑞月は
拓也によくなついている。


眺めながら
武藤からの宿題を
考えていた。


〝じゃ、
 話の間は
 瑞月はどうします?
 考えといてくださいね。〟



そして、決めた。


「待っている。
 上がってこい。」


瑞月から携帯を受け取り、
海斗は
そう打ち切った。


瑞月は、
もう
うんしょと
頭からシャツを被っている。
裸ん坊ではいられない。


そのシャツを引っ張ってやると
ひょこんと
頭が出る。


ふうっ
息をついて
次はYシャツとキョロキョロする。


拾ってやり
袖を通させると
自分の方を向かせてボタンにかかる。


「自分でできるよー」は、
聞き流す。
時計は正確に時を刻んでいる。
瑞月に自分で留めせていては
間に合わない。


パタパタとズボンを拾い
スルンと穿くと
裾をズボンにしっかり入れて
さあ次は
上着に手を伸ばす。


海斗は
その手を握り
無造作に引いた。


瑞月は
ストンと胸におさまる。
もう10分ない。




無邪気に
〝どうしたの?〟と
尋ねる眸が
あっと見開かれる。


その半ば開いた唇が
海斗の雄を刺激する。



「いい子だ」

狼は
獲物をその牙にとらえ
優しくその柔らかい肉に食い入らせた。






仕留める。
そのつもりのキスは
瑞月をびくんと震わせた。






「伊東補佐
 ご一緒にお願いします。」

武藤は
声を掛け
西原は
頭を下げる。


警護の若者は
きびきびと椅子に掛け、
合流した三人は
ドアに向き合った。



ノックは響き
応えはない。




警護畑の二人は
基本
鷲羽海斗に絶対服従だ。
静かに待つ構えに入っている。



武藤は
ふーん
ドアを見上げ
わざとらしく腕時計を持ち上げた。



そして、
ぎょっとする伊東と西原を尻目に
ドアを開けた。




すたすたと入る武藤に
思わず西原は伊東の顔を窺い
伊東は唇を引き締め
ぐっと顔を上げる。


もうドアは開いてしまったのだ。
突っ立っていても仕方ない。




武藤に続き、
室内に足を踏み入れる。




 ああ
 寝室だ……。


今度こそ
待つしかない。



まさか、
そこに踏み込むことは
武藤もするまい。

そう二人が思い定めた時だ。




カチャリ……。


ドアは開いた。



武藤は
両手を広げて肩を竦めてみせ、
二人は固まった。





海斗は
瑞月を抱っこしていた。
もちろん服は着ている。
着ているが…………。



目を閉じた瑞月は眠っているようでもあり、
漂っているようでもある。



「……海斗…………」

その唇が動く。
その半ば開いた朱唇が言葉を洩らすのが
ずきんとするほどに艶かしい。



そっとソファーに下ろすと
何か耳元に囁き
その髪を撫でる。



すーすー
安らかな寝息が
立ち始める。



ふうっ
ため息が洩れるのを
武藤は背に聞いた。
ようやく
伊東と西原の呪縛が解けたようだ。



海斗は
すっと立ち上がり
寝室に入ると
タオルケットをもって戻り
それを
静かに瑞月に掛け
三人を振り返った。




「同席ですか」

拓也は
確認する。



「眠っている。
 構うまい。」

海斗は
平然と応える。



「はい
 心配していました。
 目を離したくない。

 有り難いです。」

これは西原だ。




いや構う!
海斗と西原はそうだろうが、
これは打ち合わせの場だ。


そう言いたいところだが、
武藤は退き、
伊東は押し黙る。




武藤には見慣れた風景だ。


カナダ滞在の僅かな期間、
武藤は
こうして眠る瑞月を背に、
ダッシュで夕食を創る海斗を見てきている。
ときに、
その時間は、
大人の相談を交わす時間ともなった。


屋敷でも
やっていた。


堕として、
寝かせて、
仕事する。


そう
自分は慣れている。
思いつつ
武藤は伊東を窺う。





伊東には
ともかく落ち着いてもらうしかない。
見たことがないわけではなかろうが、
同席するのは初めてだろう。
首まで赤くなっている。



西原は
それこそ初めてのはずだというのに、
瑞月が同席することに
何の疑問もないらしい。

もう固まったことが嘘のように
ビシッとしている。




 それだけ
 秦が気になるってことか……。



高遠にすら任せない。
それは
これまでにないことだ。




「始めるぞ」

可愛い寝息のBGMが流れる中、
海斗は
表情も変えず
窓際に置かれたもう一つのソファーセットを手で示した。



パーティーの進行と
警護の流れ
男たちは
最終確認に入った。



イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。



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