この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




「おや
 面白いことを言う。
 お主も間に合わなかったと
 見たがのう。」


秦は
ゆったりと切り返した。
瑞月の小さな顔はますます白く
血の気がない。




閉じたいのに閉じられない。
その顔を
高遠は見たことがある。


己の体の痛みが
それをさせなかったのかもしれない。
見開いたまま涙が流れる血の気の失せた顔を
高遠は忘れることができないできた。




 瑞月は
 己の傷も
 他人の傷も
 耐えられない……。

 だから閉じる。
 


海斗が受け止めた。
その瞬間に
幻術は解けていたはずだ。


剥き出しになった瑞月に
もう
剣は振るえない。




高遠は
目尻にあった緋色が
もう消えていることに気づいた。
黒装束が消えたとき
それも
また
消えたのかもしれない。



ふっと足元の明るさに
高遠は
その異界の空を見上げた。



月だった。
煌々と光る月がそこにあった。
冴えざえと月光が地を清めていく。





海斗は
秦を振り向きもしない。


「剣が影を切り裂いた。
 勝手に動いていた。

 お前ではない。
 お前はただ体を丸くしていた。」

その言葉は
ただ瑞月に向けて語られた。


腕の中にあって
海斗の腕にかかる小さな指先に
くっと力がこもった。





指の関節が僅かに白い。
そして、
そのかかる腕の力強さに
高遠は思う。


 何があろうと揺らぐまい。
 その魂が求めるものをあなたは見つけた。
 それがわかっていますか?
 海斗さん、
 分かっていましたか?


秦は
姿勢を崩さない。
が、
そんなことも海斗には
見えてはいない。

感じてはいるだろう。
いつでも応じる覚悟に違いない。
が、
何を言い出すかも
何を仕掛けてくるかも関係がない。

打ち払う。
それだけのことだ。
そういう海斗を
高遠は見てきていた。



YOSAKOIの日のステージに立つ姿が
目に浮かぶ。
物産展の日の凛と張った声が
耳に甦る。



一心に
海斗は語る。


「俺は見ていた。
 俺が倒すつもりだった。

 間に合うはずだった。
 だが、
 その前に剣は動いた。

 
 その影も怪しい。
 血など影にあるものか。
 ここは怪しいことばかりだ。

 お前も怪しいと思った。
 ……綺麗すぎるからな。

 これは夢かとも思う。
 夢なら夢でいい。

 俺はお前を守りたい。
 お前は、
 ひどく綺麗で、
 どこか……切ない。」


秦は
ゆっくりと
地に弧を描いてその立ち位置を
変えていた。



「ところで
    見知らぬお方、
    私の思い人を返していただけますか?

    最前より
    あなたは他人のものに
    手を出しておられる。
    いや
    お着物を有り難くは思いますよ。

    裸では
    如何にも哀れですからな。

    しかし、
    あなた、
    それもあなたが裸に剥いたんだ。

    いい加減にしていただこうか。」



海斗の腕の中で
瑞月が揺らぐ。

誰かが名乗り
その誰かが瑞月の居場所を決める。
それが瑞月には当たり前のことだった。
高遠は思わず一歩を踏み出し
松に踏み込んで慌てて戻った。


そう。
見ているしかない。


   瑞月
   瑞月!
   ちがう!!
   こいつはちがう!!!


それを
今の海斗は知るまい。
それが
高遠の焦燥を募らせていた。



「裸のまま
    あんたは放置した。
   いや裸に剥いて
    あの影どもを呼び出した。

    剣呑な恋人だな。
   
    どうせ夢だ。
    好きにさせてもらう。」


海斗は
腰に締めた白袴の帯を
苦笑して見下ろした。


そして、
改めて
その両腕に瑞月の両腕を支え
そっと
その顔を覗き込んだ。


その胸は
筋肉の隆起に
二枚の盾を思わせた。

それが
逞しい肩に
引き締まった腹に
流れるように連なる。


瑞月は
〝わたしの思い人〟に揺れた眸を
また揺らす。



   そうだよ
   その人は
   お前を装束で覆った人だ

    いつでも
    どこでも
    何があっても
    お前を守る人だ


高遠は
必死に念じる。



海斗は
どこ吹く風だ。
そもそも危険や怪異に無頓着な素地が伺える。


    常識が通用しないはずだ
    非常識も通用しない…………。



高遠はぼんやりと
自分にない海斗の強さを思っていた。





「お前、
    あいつの名前を
    知っているか?」


その問いは
さらさらと海斗の口から
滑り出た。


何も
特別なことを尋ねたのではない。
意識は
瑞月と出会う前に戻り、
知識も経験も
鷲羽警護班チーフとなっているのだろう。


だが、


その問いは
起爆剤だった。



瑞月の小首が傾いだ。
そして、
その唇が動き出す。


「知ら…………。」



秦の手が
さっ
上がった。



月は消せない。
消せなかった。

が、
大地は動いた。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。


地は裂けて盛り上がる。



海斗の目の前に
土の壁が一気に迫り上がる。


きゃっ
瑞月が前のめりに倒れ
海斗は地を蹴った。




どすっ……。

鈍い音を立てて
海斗が
撥ね飛ばされる。



その地は
影の血を吸っていた。




見る間に高々と
その柱は打ち立てられ
瑞月はただ一人
そこに残された。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。


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