この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





薄明の中に
刺客の蹴った地は
その砂埃さえ既にない。


空に浮かぶ面は
ひそとも動かない。
松と岩は影に沈みて静寂を深める。



無音の薄闇に
海斗の白装束が白々と浮かんでいる。





包み込む白い袖に隠れ
腕の中にある黒は
高遠の目には見えない。


静かだった。
瞬時そこを満たした殺気は消えていた。
ただ静かに
触れ合うことを確かめているように
二人もまた動かなかった。





カッ……とーん!


鼓が響く。


白い袖から
その胸を突いて
黒装束が逃れ出る。


瑞月の眸は
海斗を張り裂けんばかりに見つめ
後ずさるその手には剣が握りしめられている。





はらり……と
手甲の紐が解ける。

はっとするほどに白い。
痛々しいと高遠は思う。





海斗が進み出る。
瑞月は下がる。





 瑞月
 下がるな
 下がらなくていい

高遠は
胸を疼かせる。
下がりながら海斗を見つめる瑞月の眼差しの焼け付く熱さが、
危うかった。



 どちらに……
 どう傾くかわからない




殺気も本物なら
この戸惑いも本物だ。
その手の剣が剣呑だった。







肩口から袖が外れて
その腕を滑り落ちていく。
小さく丸い肩が震えている。



魂がその衣を剥ぎ取られていく。
そう感じられるほどに
それは痛々しく
見てはならぬもののように感じられた。




自分は
瑞月の心の中に踏み込んでいる。
その自覚に慄然となりながらも、
高遠は見つめた。


〝のう
 わしらは目じゃ。
 見ていてやらねばならぬのよ〟





 出会いのときだ
 二人は今出会った



海斗は何も知らなかったはずだ。
そう思うと
また高遠は揺れる。





海斗の眸は
訝しげに揺れている。
その思いに誘われるように
また一歩が踏み出される。



下がる一歩に
細い足が
付け根から剥き出しになる。
腰にある緋の帯に止められてはためく黒から覗く白は
地を頼りなく踏んでなお下がる。




そのじりじりと終わらぬ流れに
次を見澄ましたように
それは始まった。



ぼうっと
空間に生まれ来るものが見える。



瑞月の手にある剣が妖しく光り
瑞月の後ろに陽炎が揺らめいた。




その陽炎を怪しむように
海斗は進み、
瑞月は像を結んだ陽炎の腕に抱き止められた。





秦は
愛しげにその腰を抱き
緋の帯に手をかけた。



しゅるっ……。


残る布のすべてが白い体を滑り落ちた。
剥き出しの魂が
そこに震えている。



秦が
愛しむように
その肩に手を滑らせ
瑞月は裸身を預けた男を見上げる。



あっ
海斗が止まる。



長く垂らされた黒髪に白装束。
瑞月の裸身は
その袖に覆われて
秘所は羞じらいに応えるかに隠されている。


いや
羞じらいはない。
その眸は
秦に抱き止められてから何も映さぬ空洞となっていた。




裸身の瑞月は
ただ立ち尽くす。
止められた。
だから、
止まった。



つい今まで
必死に見つめ
そこから逃れようと下がってきた切ない色は
その眸から消えていた。



合わせ鏡のように重なる面が
松の枝影に
ひっそりと浮かぶ。



滑らせた指先の感触を楽しむように
秦は裸身の少年の肩のまるみを
ねっとりと見つめる。



見下ろす眸は
ごく当たり前で
瑞月の傍らに添う者として
その所作は滑らかで淀みない。



海斗は
止まったまま
表情を変えない。



 海斗さん
 だめだ
 瑞月は閉じただけだ
 あなたを拒んでるんじゃない
 きっと…………。


高遠は叫んだ。
それは
無音の薄闇には響かなかった。
その胸中に谺して消えた。



 瑞月!
 瑞月!!
 …………。


高遠は念じる。
起きろ!
瑞月!!
心を鎮めてただ願った。





瑞月が
僅かに身を捩った。


海斗の眸が定まる。
その足は踏み出され
瑞月の肩にある手を握っていた。




「何用か?」

秦は
もう一方の手を瑞月の腰に回したまま
静かに闖入者に目を向けた。




どちらが
闖入者なのか。
瑞月の魂の在り処にしか答えはない。




その肩を滑り小さな丸みを愛撫するように探る指先に
瑞月は身を捩ったのか。

何も映さぬ眸にそれは読めない。

読めないが
海斗は動いた。





    そうだ
    海斗さん
    瑞月は怯える
    怯えて閉じるんだ


高遠は
もう自分の手の平に滲む血にも気づかない。
ただ拳を固く握りしめた。





「放せ
   嫌がっている」

その声は淡々と響いた。



「おや
    放してもいいですが、
    それは可哀想な気がしますねぇ。

 ほら
 この体
 守ってやらねば餓鬼どもの餌食でございますよ。」


おかしげに
秦は応えた。





さて、
というように、
秦は
瑞月の髪をかきやり
その耳に口を寄せる。




あっ
瑞月が秦を見上げ
飛びすさった。




黒い影が沸き上がる。
瑞月の眸が
見開かれ
その口が開くが
声は上がらない。


囲む輪は不気味に揺れる。
下卑た笑い声に
伸ばされる猿臂が汚ならしい。



海斗が動くのと
それは同時に起こった。



ぎゃああああああっ……。

一瞬
冷気が走ったかと思うと
黒い影は消えていた。



そして、
踞る瑞月が残されていた。
白い体が小さく小さくなっていた。
その前に転がる剣が赤く濡れている。


静かに
その前に海斗が膝をつく。




秦は悠然と動かない。



白装束の一つは
寄る辺ない白い裸身に寄り添い、
もう一つは
己の力を誇るかに傲然と立つ。




さらさら
衣擦れがした。

見事な裸身が
薄闇にもわかる。






その肌の温みもそのままに
白装束が
瑞月の肩にかけられた。


踞った体が
ふうっと緩む。
その肩が装束ごと抱き寄せられた。



その背に
剣も
秦も隠して
海斗は瑞月を抱いた。




「ああ
 虫けらどもにも血は流れているんだねぇ。
 真っ赤だよ。


 よくやったね。
 そうだよ。
 お前を汚そうとする者は
 こうなって当然さ。」


秦の声に
瑞月の眸が揺れた。
ふと見下ろす地に流れる黒ずんだ色に
その眸は止まる。


その体が
そのまま凍り付くのを
高遠は見つめた。




「……まやかしだ。

 お前は何もしていない。」


海斗の声が
静かに響いた。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。






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