この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。






眦は
紅を差して
きっ
上がる。


眸に暗き炎が宿った。





調光室の高みは既にない。
差し伸べれば
その指先が瑞月に届く。
たぶん届くのだ。



いや
…………届くまい。




薄墨の流れは
高遠の身を抜けて虚空を満たした。
己の手は、胸は、腹は、
そこを満たす闇には小石ほどの障りにも
ならなかった。


流れ行く薄墨は
高遠を何ということなく抜けていく。
その中にあって
高遠は会場の観客同様に
そこに立ち尽くしていた。




だらりと垂れた四肢が
ピシピシと新たな装束に包まれていく。



そのほっそりとした中指に、
黒き糸がかかり
手甲は
そのたおやかな手を包む。


手を這い上る漆黒は肩から首へと
シュルシュルと巻き付いていく。




操り人形のように
だらりと下がる四肢は
漆黒の練絹を鱗として鈍い光沢を放つ。




深紅の細布が
ふうっと空に現れた。






命あるかに
それは右に左に身をくねらせたかと思うと
その細腰に巻き付き
自ら結び目をくぐりぎゅっと結ばれた。



姿は
そこに
像を成した。




闇は
瑞月を我が物とし
蛇はその身を剣と変えて
瑞月の前に浮かぶ。



ゆらりと
その四肢を揺らして
黒装束は地にその足を下ろした。


禍々しくも美しい。
無慈悲な月がそこにあった。



闇は
奥深き森のそれとなった。
天には冴えざえと冷たき光を放つ巨大な月が
かかっている。


さっと
その手が月を指す。



細く白い指先から
その黒き姿は光に濡れて型を成していく。
そこにある〝力〟に
高遠は息を呑んだ。



月は
ただ愛し子を守るのだ。



月は怒る。
その愛し子を苦しめるものを
この地に見る。



自らもなく
他もなく
ただ全てを滅しようとする力が
そこに途方もない大きな力となって
蓄積されていく。


瑞月は
目の前の剣を
その右手に取った。


ヒュッ
それが振るわれる。






ジャリッ……。


今は地はその実体をもって
月に応える。
踏み出す一歩に砂が軋む。



右に一閃し
身を伏せる。

左に流して
きっ
切っ先を天にたてる。


凝る血の深紅の帯が
旋回する黒を追って流れる。




地を踏み
空を切り裂き
滅すべき世界を前に
その舞いは激しさを増し
月は今や血の赤に染まって闇に浮かぶ。



たーーーーーーん!

突如、
鼓は時を告げた。



旋回は
ぴたりと止み
光の矢が闇を切り裂いて世界を縦横に満たした。


幾条もの矢は
ただ一ヶ所から発している。



 そこに
 世界はある
 さあ
 来い!


そう言わんばかりに
光は
その一点を示していた。



放射状の光の中心に
その裸体の男はいた。
光が眩しく
その顔は判然としない。



 海斗さん……。
 素のままの海斗さんなんだ…………。
 すごい光だ
 すごいパワーだ…………。


凍り付いた一瞬の
手を月に伸べた姿は
ゆっくりと
その向きを変えた。


その剣が鈍く
光を弾く。



そろり
瑞月の足が踏み出された。



眸は
ひたと男に定められ
剣は背に回されている。







次の一瞬に
闇も光も貫いて
黒い影は残像を一条の尾と残して
殺到した。



だん!


鼓は響き、
黒い刺客は白装束の男に
抱き止められていた。




驚いたように見下ろす眸が優しい。
その胸にある瑞月は
ただ華奢で
その剣は如何にも似つかわしくなかった。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。

☆刻むなあ
 とは思いますが、
 次に行きますとまた長くなりそう。
 今日中に書きます。
 




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