この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。






風の音ばかりだ…………。



緋の長袴がすっと引かれ、
瑞月は
光の柱を抜けた。


カッ

カッ

カッ

トン!


カッ

カッ

カッ

トン!



すっ……。
すっ……。

緋は滑るように進む。




風は鳴る。
その風を縫って命を刻む鼓動が
緋色の線を一筆書きに
書いていくようだ。



白い装束
緋の長袴
ひどく小さく見える瑞月まで
まるで
まだそこに調光室があるかのように遠い
三階席のまた上に高遠はいた。



そこは中央だろうか。
見下ろす高遠の真下に袖が翻った。
風は鳴り、
袖は上がる腕に巻き付き、
白き幡多となってはためく。



雪花石膏のごとき深き白は
それが人の腕であるとも思えない。



 お前は
 何になっているんだろう……。



高遠は、
その遠き白に、
あどけない笑顔の影も見つけられなかった。




カーーーーーーーンッ


姿も見えぬ楽所から
渾身の一打が
打ち鳴らされた。



世界は鼓をもって
球体となる。


その弧の端に
高遠はあった。



瑞月の袖は
だらりと垂れ
その膝はかくんと折られていた。



小さき光輪
それは
瑞月の膝を浸しその芯に双葉を浮かべた。


風は止んでいた。
ひそとも動かぬ虚空の中に浮かぶ内輪の空間。
そこに
ふううううっと
瑞月は息を吐く。




ぐぐぐぐっ……。
ざざざざざっ


盛り上がるそれは
大蛇のように身をくねらせ
見る間に膨れ上がり、
節くれ立ち、
枝分かれしていく。

その根はひゅるひゅると音を立てて
地を這う。

その幹は天を指し
その枝は宙を渡って地平を掴まんと広がる。


薄緑を纏ったかと思うと
ゆらゆらと重たげに枝を揺らして
それは深緑となった。


一本の巨木
松がそこに現じていた。



その節の固きこと
幾星霜を経て
そこにあるのだろう。



瑞月が
ふわりと顔を挙げた。

高遠は
ただ瑞月を見つめる。
そのただ中に
白き額の朱印
そこに浮かぶ異界にある瑞月を。



球体は
その球の姿を喪い
天と地とを得た。



静まる。
現出の大音響は
ぴたり
松の姿に途絶え
その静寂はいや増した。



 海斗さん……。
 そして、
 …………秦は……?


楽所は見えず
瑞月を欲する男たちも見えぬ。



ただ一本の松。
そして、
瑞月。


いや、
今一つの影が
そこにあった。


 いつ……いつここに?


刮目する高遠の前の風景は
また
変わっていた。




しん
座す一人の老人は、
その巨木を背に目を閉じている。
長い髭は白くその膝に届き、
閉じた目にふさふさと長い白い眉がかぶさる。


肩から流した白髪は、
三千丈とも見える流れにそこを地となして
渦を巻く。



ふうわりと
その周りを瑞月が回る。







ひた

ひた

ひた…………。


そして、
その老人の前に、
ぴたりと正対して止まった。


トン!

太鼓の真っ芯が打たれた。
楽所はあるのだ。



ひょおおおおおおおっ
 ひゅるるるるーーーーー

龍笛の調べが
ゆるゆると始まった。



蛇がいた。
そこは
蛇を内包して蠕動した。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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