この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。






キュッ……。

コックは閉まり、
佐賀は優しく瑞月を見上げた。



「もうだいじょうぶだ。
 火傷はしていない。」

脱衣所からタオルを取り
佐賀はふたたび身を屈めた。




そのふくらはぎは
佐賀の手にすっぽりと入る細さだ。


木洩れ日の中を
しなやかに地を蹴って走る足は
こうして見ると
とても
その強さを秘めているとは思えない。



ていねいに水滴を拭い、
佐賀は瑞月を見上げる。




「パジャマに
 着替えるか?」

「……このままでいい?」



佐賀の体を包んだシャツが自分の肌を包んでいる。



 このままでいたい……!


それは、
瑞月の中から湧いてきた
どうしようもなく強い思いだった。



「……わかった。」

膝までまくりあげた綿パンに
上半身は裸のまま
佐賀は応えた。




浴室で、
瑞月の足元に屈み
その膝を水で冷やして
佐賀の足も
その髪も
跳ねた水で濡れている。


たくしあげさせたTシャツは無傷だ。




「先にリビングに行ってろ。
 俺もすぐ行く。」



瑞月の退院から五日が過ぎた。
今日はランニングもした。
そろそろ寝袋で居座るには
理由がつかない頃合いかもしれない。



佐賀は
そんなことを思う。




公園で
モールで
瑞月は周囲の人間を認知して動いた。
ナンシーを危惧させた欠け落ちたピースは
取り戻している。



あとは、
自分が瑞月を離れることが
できるのか。
それだけだ。


佐賀は正しい。
色々と大間違いはあるが、
その分析は
結果だけは当たっている。



そして、
これ以上、
ここに居座るなら、
そこにスクールとしても、
関与せざるを得ないだろう。



佐賀に許された時間としても、
ナンシーの定めた一週間は
間もなく終わる。




「ごめんなさい。
 Tシャツも……。

 あの…………
 ありがとうございます。」



 ああ
 大きすぎだったな

肩先は
丸くTシャツの襟から覗く。
自分にはぴったりのTシャツは
瑞月の腰から太ももまでを
被ってしまう。



その半袖に肘までを隠し
その手を胸に組み
瑞月は小首を傾げる。



そして、
頬を染め
パタパタと駆け出していく。



佐賀の体温に抱かれていたい。
そんな自分が
佐賀の前にいると
たまらなく恥ずかしい。
そんなところだろうか。


だが、

佐賀は
もちろん分からない。

ため息をつき、
佐賀は
さっき持ち出したバッグを取りに
また勉強部屋へと浴室を出た。




いつもの黒に身を固め
佐賀はリビングに戻った。


瑞月は
大きなTシャツの中に
曲げた足を入れて
膝を抱えていた。


ぽつん
ソファーに丸くなる姿は
その愛らしさよりも
どこか寂しげで
佐賀は胸が痛くなる。


脇の椅子に身を沈め
佐賀は
静かに切り出した。


「リンクを休むのは
 あと二日だ。

 救護室担当の見立てだからな。
 そこは大人しく従え。

 戻っても
 最初はリハビリだ。
 初日のような無理はしない。
 
 いいな?」


自然に
トレーナーとしての言葉が出てきた。



「……はい。」

瑞月も
自然に応える。



その関係があって
二人は
ここに共にいられている。



トレーナーとスケーターとしての会話が
二人に
次の時間を見せていた。



 一緒にいたい……。



それが
どちらにも
ひどく大切なことになっていた。



静かに時間が流れる。





膝を抱いた少年と
その保護者は
夜の帳が降りる中で
じっと二人の時間を惜しむ。


「あのね、
 明日も公園行くよね。」

「ああ。」

「明日は
 もう少し走れるかな。」

「ああ。
 湖まで行ってみるか。」

「うん。」


もう終わりは来る。
二人だけで過ごす時間が終わる。




「佐賀さん
 ……帰るの?」


「二日したらな。」


「……うん。」


「昼前には来る。
 リンクに通うんだ。

 ちゃんと起きていろよ。」

「……うん。」



互いに
ただ
そこに座り
ただ空間を共にする。


それができる。



明日は湖を瑞月と見られる。
佐賀は
それだけを考えて過ごそうと決めた。


夜は
静かに更けていった。




煌めく湖水。
そこに佇む少年は
どんなに美しいことだろう。

佐賀は
その湖面の輝きに酔った。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。

☆ってことで、
 「物語」に続く。
 恋は告白されず
 ただ胸にある二人でございます。




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