この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




「何かあったら
 ブザーを押せ。

 すぐ来る。」

佐賀は
そう言い残し、
ドアは閉まった。





少年は
鍵に手を伸ばせずにいた。
出会った日、
佐賀が出るが早いか
少年の手で掛けられた鍵は
動かない。



少年は
小首を傾げて
ドアを見つめる。



 あれ……?
 変だよ

 何か間違ってる


何が違うか分からないまま
そろそろと
少年はドアノブに手をかけた。


 開けてみなきゃ


開けて何を見ようとしているか
それも分からぬまま
少年はドアを開けようとした。




 そこに
 いるはずだよ



そう思った。
誰がいるはずなのか
なぜいるはずなのか


ただ
いるはずだった。



その瞬間は
一瞬でありながら
飴のように伸びていく。




刹那の永遠


少年の細い指の先で
触れるばかりだったノブの
ロッカーが
パタリ
回った。




ガチャリ……。



音は
乾いていた。










 消し忘れている……?



公園のベンチは
居心地が良いとは言えなかった。

が、

少年の部屋を見上げるには
ちょうど良い。
そして佐賀は居心地を云々する気はない。




佐賀は
時間を確かめ
改めて
見上げる。



見上げる窓は
煌々と明るい。



既に
真夜中を過ぎていた。
少年の部屋を出て
三時間は経っている。


 明日
 注意しよう

 ……暗いのは苦手だと言っていたが



あのまま寝室に入ったのだろうか。
出てくる前の少年を
思い返す。



   ドアは
    ロックされなかった。
   

また胸が明るむ。
最初の出会いの頃、
少年がロックを忘れるなど考えられなかった。



佐賀は
しばしその喜びを噛み締める。
拒みながらも
拒みきらない。


見上げる窓に
愛らしい少年ばかりが浮かんだ。



 俺を見て
 笑った……。


少年のサイズに合わせたバスローブは
佐賀には余りに小さかった。


 涙を流した


何回も
何回も
…………あの子はそれは見せたくなかったのに…………。



佐賀は明るむ中にも
反省する。
踏み込んではいけないラインと
踏み込まねばならぬライン、
それは錯綜していて
絡み合う。



 抱いてやりたかった
 それだけだ


佐賀は
部屋から出された自分を慰めた。
それは、
しないではいられなかったし、
おそらくは
少年にも必要だった。
そう思えた。



 ……本当に忘れて
 寝てしまったのだろうか




ポツリ……と
頬に冷たいものがあたる。
予報より早い降り出しだった。


佐賀は
公園の柵をひらりと越え
車も人も通らぬ道を
少年のアパートの駐車場に戻る。



窓が見えた方が望ましいが
ブザーに応じるなら
ここが速い。
そう思った瞬間に佐賀はエレベーターに向かっていた。


どこで過ごそうが構わないなら
ドアの前でもいいのだ。
佐賀は居心地を云々しはしない。




少年は
ひどく遠くなったものに囲まれていた。
ぺたんと座り込んだ床の冷たさ
照明に照らし出された壁の白さ
それらは
感じられながら遠かった。


ふっと
病院の庭先での目覚めが浮かんだ。



空は青く
ベンチは固く
照りつける日差しは熱かった。


それが感じられないわけではなかった。
ただ遠かった。



 何だったろう
 ぼく…………。


指先が
じりじりと熱くなった。
あっと
ベンチから手が上がった。


〝ばか
 火傷するぞ〟

そう聞こえて……
急にすごく暑くなった。


眩しいって思って
顔を上げた。


真っ青な空だった。
あんなに青いもの見たことなかった。


〝……すごい
 すごく青い〟


少年は
その青さに圧倒されたのだった。
そして、
求めた。

〝ねえ
 すごく青いね〟


声は返らなかった。


そして、
とうとう少年は
辺りを見回した。


側にいるはずの声の主を探し
少年は
心もとなく立ち上がった。


青い青い空は突き抜けてあり
その下に
少年は一人だった。


白衣の男が
少年に気づき声をかけるまで
ただ立ち尽くしていた。


〝橘君
 さあ入るよ〟

〝……はい〟

少年は応え、
それからは何かバタバタしていた。
白い壁と機械と
覗き込む何人かの白衣の人たち。



それらが
頭を巡るが
少年は動けない


 すごく遠い


ドアが遠かった。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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