この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




「明日は
 シャワーを浴びられる。」

佐賀は
さらりと声をかけ、
まだぼんやりと考え込む少年を
ベッドに座らせた。



「このまま
 着替えて休め。」

「……はい」


佐賀の手が
パジャマに伸び
ボタンにかかると
少年は
ぴくんとする。


佐賀の手は
すっと下がり、
少年は
ほう……と息をついた。


少年の脇には
新しいパジャマと下着が
置かれている。


佐賀は
静かに背を向けた。




出てはいかない。
心因性と仮定するなら、
それは
快復状況に関わりなく揺り戻す。
それに備えたかった。



プチン……

プチン……

ボタンを外す気配がし、
シュルッ……と
布が開いた。
シュシュシュシュシュ……と布が肌を滑る音が
続く。
その音は二回続き
パサリとそれは落ちた。


ゴソゴソと
身動ぐ気配がし
シュルンと下着は頭を抜けて
ファサッとパジャマに続く。






少年の真っ白な上半身を背に
佐賀は振り向かない。


新しい下着に
パジャマの上着は
身に付けたようだ。


次は
どうするだろう。


立ち上がることと動悸は
今日繰り返し
結び付いている。



佐賀は
少年の命が
ひどく脆い糸に
ようやく繋ぎ止められていることを思う。



カサコソと
羞じらうように
小さな体は揺れる。



シュシュシュシュシュッ……。

パジャマと下着が
大急ぎで床に着地したようだ。


そして

シュシュシュシュシュッ……。
大急ぎは続き、
ぴたり
止まる。



ハア……。

ハア……。


喘ぐような息が続き
キシ……。
小さな体が折り曲げられて
ベッドが応える。




 動悸だ……。


佐賀は
その喘ぎを聴きながら
その間合いを測る。



ゆっくり

 ゆっくり


喘ぎながら
少年が
呟く。



ハア……。


ハア……。



収まっていく喘ぎを
佐賀は
背で聞き届けた。



シュシュシュシュシュ……。


少しゆっくりと
パジャマは細い足を上がっていき
カサコソとその小さな体を包み上げたようだ。




キシ……。

またベッドは応える。


サラサラと
布は引き上げられ
キシ……
と少年は横になった。




「明日は
 もう
 動悸も収まっている。

 苦しくなったら
    枕元にブザーを置いた。
    押してくれ。

    お休み。」


佐賀は、
背を向けたまま
声をかけた。



「あの……
 電気は
 消さないでください。

 ……苦手なんです。」


小さな声が
応えた。


「わかった。
 だが、
 明度は落とす。

 体が休まらない。」


「……はい」


寝室の証明は
調節がきく。


これまで
明るいままで
眠っていたのだろうか。
そう疑いながら
佐賀は
照明を昼間の寝室の状態程度に
落とした。



「これでいいか?」

「はい
 あの……お休みなさい。」

「お休み。」


佐賀は
ドアを閉める。



ブザーは
鳴らされるだろうか。
それすら心もとない。


佐賀は
少年の勉強部屋を開けた。
用意しておいた寝袋を引っ張り出す。




 
 ソファーは
 あの子の場所だ


少年が身を置く場所に眠ることは
憚られた。


寝袋に入り
廊下の天井を眺める。
廊下の固い床は
ようやく佐賀を安らがせた。


    あの子は
    俺を受け入れてはいない
    ここは
     俺のいてよい場所ではないんだ。



少年をその腕に抱いた。
昨夜は
その体を拭き清めもした。
その涙を見ることもしている。


    守るためだ


佐賀は
少年を守るために必要な範囲を
厳格に己に定めていた。


リビングに寝ることは
その範囲を逸脱している。
ここが佐賀のかろうじて許される場所だった。






眠りが
狼に訪れる。

〝佐賀さん……胸……痛い…………。〟


頼ってくれた
甘い声が
狼の胸をときめかせる。



それは
防ぎようがなかった。



狼は
甘い花の香を思い眠る。
腕に溢れる香は
いまだ漂う。


花を抱いて狼は眠る。
その花を守り眠る。
幸せに眠る。


退院して
一日めが終わった。


イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。