この小品は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。








屋敷の丘は
母屋と洋館を見下ろして
なだらかな起伏を見せている。

冬晴れの空は
突き抜ける青さだ。



ああ
空が近い。



「おじいちゃーーーん」

瑞月が
駆け上がっていく。



空の青にくっきりと縁取られ
お前の背中が日に重なって眩しい。


 ああ
 やっぱり
 お前は天使なんだな



武藤は
凧を抱えて
絡んだ糸を解こうと奮闘中のようだ。


振り返った瑞月と
待っていたじじいが
ぶんぶん手を振っている。



風が吹き抜ける。
冷たいな。
ああマフラーをさせればよかっただろうか。
俺も駆け上がる。



顔にあたる風は
小気味よいほどに冷たい。
土の匂いがする。



丘は
冬には土肌がむき出しだ。
常緑樹を含む林の緑が丘の裾を囲む。





「武藤さん!
 佐賀さん来たよ!」

もうだいじょうぶ!
手柄顔の瑞月に
恨めしそうな武藤は
最後の抵抗をしているようだ。




「貸してみろ」

寒くないか?は引っ込めて
武藤から凧を取り上げる。
奴凧は首尾の悪さに臍を曲げたように
ムッとした顔をしていた。




「ああ
 絡んじゃって
 ほどけないんです。」

武藤がチラと爺さんを見る。


「無器用じゃのう
 ムトウちゃんは」

爺さんはヌケヌケと口を挟む。




「上がらないから
 引きずっちゃったんだ。

 佐賀さん
     ねぇ
 上げられる?」


瑞月は
大真面目に説明する。



自分らは悪くない。
上げられない武藤が悪い。
そういうわけか。





「すまなかったな
 こいつらは手がかかるんだ。」

まずは
武藤に謝っておく。


武藤に手伝わせながら
糸をほどきにかかった。
これは、
誰がやっても時間がかかる。


爺さんと瑞月は
ちんまりと並んでお座りした。
〝待ち〟の態勢だ。




瑞月が
両手を合わせて
ふーと息を吐きかけるのが
見える。




日差しは暖かいが
じっとしていると冷えてくるんだろう。
風があるからな。

瑞月の細いうなじが気になる。
やはりマフラーは必要だ。
どうしよう。
取りに帰らせても一人では見つけることもできないだろうし……。


俺は迷っていた。



すると、


「あれっ」

瑞月が嬉しそうな声を上げた。
咲さんが盆に小鍋と椀を乗せて
丘に上がってくる。





「お汁粉ですよ。
 いかがですか?」

咲さんは
盆を置いて笑いかける。
この人は
本当に気が回る。




瑞月と爺さんは
さっそくフーフーしては
餅をぱくつく。

寒々しくもある丘が
日差しと汁粉の湯気で
ほっかりと暖まるようだ。




爺さんが
くいーんと餅をくわえて引っ張る。
ぼくもぼくもと
瑞月も引っ張る。




ああ
やる……!

思ったときは

「あっつーい」

顎にくっついた餅に
瑞月が
慌てて餅を離した。




 やっぱりやったか

予想通りの展開に
笑いが込み上げるが
ここは我慢だ。



だか、



凧を武藤に押し付けて
瑞月に向かおうとすると
すっと
手巾が伸びていた。




「はい
 もうだいじょうぶですよ。」

咲さんだった。
ああ、
本当にさすがだな。


カナダのご婦人を思い出す。
女性には敵わない。




「ありがとう!」

俺は瑞月の笑顔を確かめて
武藤の肩を叩いた。

押し付けた凧を取り返し
汁粉を食べに行かせる。





「武藤さん!
 すごく美味しいよ」

瑞月の声が
丘をまた明るくする。
ここで凧揚げをするとは思わなかった。





俺はほどいた糸を
巻き取りにかかった。
もう
すぐに凧を上げてやれる。





「はい
 あったかくしてね」

咲さんの声が耳に入った。



手を止めて
そちらを見た。



咲さんは
瑞月の首にマフラーを巻いていた。
薄紫のマフラー、
咲さんのものだろうか。




「あったかーい!」

くるくると
顎まで包まれた瑞月は
嬉しそうだ。




「この色
 どうかしら?
 似合うなと思って持ってきました。」

咲さんは
にこにこと瑞月を見ている。




「綺麗な色……。
 素敵です!
 ……お借りしていいんですか?」

瑞月が
巻いたマフラーを嬉しげに眺めては
ちらちら
こちらを窺う。





「よく似合う。
 お借りさせていただこう。

 ありがとうございます。
 何か着せなければと気になっていました。」


俺は
仕上げた凧を抱えて頭を下げた。




「よかったら
 このまま使ってくださいな。
 使ってくれる人がいたら……と思ってました。」




咲さんは
汁粉の椀を俺に差し出しながら
しとやかにそう言った。




瑞月によく似合う。
ボンボンが付いているところを見ると
子どものためのマフラーのようだ。
屋敷に子どもはいないが……。



ともあれ
有り難い!
ボンボンを弾ませながら、
瑞月は走る。

こうやってね
凧揚げの準備運動のようだ。





「さあ
 上げるぞ!」

俺は汁粉を一気に片付け、
武藤に声をかけた。
爺さんと瑞月は歓声を上げる。



咲さんは
盆を捧げて丘を降りていく。
俺たちは凧揚げだ。




丘は
広々と
誘うように広がる。

見上げる空は高く青い。




瑞月がダッシュする。
そうだ
走れ
走れ
いいぞ


手を離れた凧が
風に乗り舞い上がる。




キャー
すごーーーーい



青い空に
奴は
どうだ!と袖を張った。


風を受けて
ぐんぐん上がった凧は
もっともっとと引っ張るようだ。



 引いてる引いてるよ

 持たせて持たせて

 だってすごく引いてるよ


爺さんには無理だと
瑞月がねばる。




 爺さんにもやらせないとうるさいな。
 もう一つか。

武藤を母屋に走らせる。



武藤には気の毒だが
母屋に行けば咲さんが何とかしてくれる。


戻ってきた武藤から
もう一つの凧を受けとると
そのまま武藤を走らせた。



わっ
上がりました!
上がりましたよ!


凧糸の端を握りしめ
武藤が
わめいた。


「見ればわかる」

思わず笑ってしまう。



なんだか気分がいい。
空をぐんぐんと上がり
見下ろす凧が並んでいる。



瑞月が笑う。
爺さんがはしゃぐ。
武藤がわけのわからぬ声を上げる。



この屋敷に戻ってよかったのか
そんなことは
分からない。

分からないが
悪くない。



空が高かった。
とても高かった。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。

☆じ、実は、
 これでリクエストが尽きてしまいます。
 もしよければ
 またいただけますか?

 だって
 明日からまた平日なんです。





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