この小品は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





小さな街の駅舎も
赤煉瓦の壁には
大きなリースが生誕日を祝っている。


「すまないね
 クリスマスだというのに」

グレンはアベルを下ろすと
馭者台の男に
チップをはずんだ。

「とんでもない。
 こりゃたくさん頂きすぎですよ。
 ありがとうございます。」

男は慌てたように帽子を取り
人の良さそうな顔を綻ばせる。



「Merry Christmas!」

グレンは微笑みかけ駅舎へと
踵を返す。
アベルは目を丸くして
駅を見上げていた。


「Merry Christmas!
 旦那に神の祝福がありますように」

背後から
男の声が明るく聞こえる。




「ここ……駅?」

アベルは
物珍しげに煉瓦の建物を見回す。
小さいなりに造りは新しい。
そして、
生誕日にも汽車は出発を繰り返すようだ。


「そうだよ。
 さあ入ろう。」

駆け寄るポーターに荷物を任せ
グレンは
アベルの背に腕を回した。




中を進めば
それは
視界一杯に広がる。





「あ…………汽車。」

アベルは
白いコートの襟に小さなあごをうずめ
真っ白な息を吐きながら
魅せられたように巨大な鉄の箱の連なりを見詰める。



ポーーーーッ……。



長く尾を引いて汽笛が鳴った。



「わかるかい?」

「……うん。
 挿絵で見たことある。」



一等車の戸がガタガタッと開けられた。
向かい合った座席が
二人を待っている。



「もういいよ。
 ご苦労だったね。」

チップをもらい
にっこり笑うポーターは
アベルよりさらに幼い十に達したかどうかの少年だ。


「Merry Christmas!」
の声に感謝を残し、
もう次の客へと駆け出していく。



グレンは
ひらっと飛び乗り
アベルの手を取る。


「さあ」

アベルは
おそるおそる
タラップを踏んで
ぐっと引き上げられる。



ガタガタガタッ……。


戸が閉まれば
一等車は
それぞれが個室だ。


大きな窓に
駅舎の忙しない風景が縁取られて
遠くなる。




「ここは一等車だからね。
 到着するまでは二人きりだよ。」


グレンが微笑む。



アベルは応えるのも忘れて
駅舎の風景に見入っている。
それは、
物語に読んできた旅立ちの風景だった。



どこかへ
どこか遠くへ
人物たちは
繰り返し旅立って行った。




「グレン……旅が始まるね。」

囁く声に
憧れが甘い。


その声に
グレンも甘く酔う。

旅立ちが
こんなに心を掻き立てるものとは
知らなかった。

聖夜を経て
生誕日のキスに
旅立ちは二人のものとなった。


そう
二人で旅立つ

その感慨がグレンを温かく包んだ。



「ああ
 始まる。」



ポーーーーーーッ

旅立ちの汽笛が鳴った。



ガタンッ

大きく一度揺れると
汽車は
進み始めた。


ガシュッ
ガシュッ
ガシュッ
…………


その揺らぎに
窓は
白い森へと縁取るものを変えていく。







アベルは
窓から
一生懸命後ろを見詰める。
小さな優しい街が遠ざかって行った。



カーブを越えて
ついに
街は見えなくなる。



「楽しかったね」

アベルは囁き

「ああ楽しかった」

グレンは応えた。




あっ
思い付いたように、
アベルがトランクをゴソゴソと探る。



「ねぇ
 プレゼント
 何だろう?」

荷造りもグレン任せのアベルには
見つけられない。



困ったように小首を傾げ
フリルの襟をそよがせるアベルは
それが媚態になっているとも
気づかぬようだ。




くすっ
グレンが
もう一つのトランクを開ける。



可愛らしい包装が
アベルに
もう一つのクリスマスを運んできた。



「わぁ
 可愛い!」

真っ赤な
可愛らしいミトンを取り出して
もう
手にはめる。


「グレンのは?
 ねぇ開けて開けて!」


細長い包みを開けると
丸めた厚手の織物が出てきた。
木の細いバーに巻き付けてある。


そっと
それを開いた。


可愛らしい仔猫が
クリスマスツリーを見上げていた。


「可愛い
 可愛い
 可愛い!

 わぁ嬉しいな。
 プレゼントって
 素敵だね。」





アベルがはしゃいだ声を上げる。
白い森を抜けながら
Christmasは
二人を
最後の名残に包んでいた。



「ねぇ
 ぼく……海を見たいよ。」


アベルは
プレゼントを胸に抱いて
グレンの膝にちょこんと座る。



「そうだね
 海を見に行こう。」


その唇に唇が重ねられた。


恋人は
何が欲しいかを知るようになっていた。
優しくしなる背をそっと支え
甘い口づけに
アベルを酔わせながら
グレンは遠い潮騒を聞いていた。


グレンもまた酔っていた。
二人で旅をする……。
その喜びに酔っていた。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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