この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。







優しく日は落ちて、
イブの夜は帳を下ろした。



家々に灯りが瞬く。
窓という窓は
小さな天使や柊の緑
リボンの赤をその灯りに浮かべ
聖夜の喜びを歌う。


街を包む新雪の純白が
その灯りに浮かび
街は一幅の絵となった。




 さあ
 今夜は
 長い長い靴下を用意するんだよ
 サンタがやってくる。




雲の毛布は
聖夜を前に折り畳まれ
空は一面に星のキャンドルを輝かせている。



食堂に用意された大きなツリーの足元には、
支配人が正装して待ち受け
客たちからプレゼントを受け取っては
ボーイに渡している。




イブのディナーは
ささやかだ。
ツリーの下のプレゼントは、
明日のクリスマスランチのお楽しみ。



客たちは
少し悪戯っぽく微笑んでは
テーブルに向かう。



〝あの子に
 あたるかもしれませんからね〟

そう
楽しげに呟くご婦人に
続く客たちも微笑むところを見ると、
一同、
少々いつもより可愛らしいものを
用意したようだ。



お待ちかねの二人は
いつも
少し遅い。



上品な老夫婦が
二人の先導者となったことは
一同の喜びでもあった。



〝可愛らしいこと。
    背伸びしてたのねぇ。〟

〝若いんだねぇ。
    落ち着いた若者だが、
    いやいや恋は別物だ。〟



グレンは、
バートン子爵とともに、
そのリビングで待っていた。



ドレスはグロリアが選んだ。
何を選んだかは知らない。
グロリアは
すっかり配下となった支配人を連れて
悠々とクローゼットから出てきた。



夫妻の部屋に戻ると
アベルは
ちょこんと椅子に座り、
ウィルは先ほどの自分がいた暖炉の脇に
ゆったりと立っている。


ウィルが自分を見る眼差しにも
アベルの周りの空気を作る揺るぎなさも
この男の存在感とでもいったものを
感じさせる。



アベルはグロリアについて
寝室に消え、
今のグレンは
食堂の客たち同様、
待っていた。



カチャリ……。

「さあ
 見てもらいましょうね。」

得意を隠しきれないグロリアの弾む声がした。




グレンの驚く顔は
夫婦の喜びとして、
グレンもまた驚くばかりの美をもつ男だ。


ディナーの装いの二人と
その保護者を任ずる老夫婦の登場は
食堂の皆と共にしたい。




「さあ
 プレゼントを渡してね。」


来た!
来たわよ!


品のある女性らしい声が
優しく響いてくる。


待っていた皆の視線は
一行を迎えようと
そろった。



ゴクン


まあ赤!
可愛いこと。

旦那様の黒が素敵だわ。
まあまあ
なんてお似合いなのかしら。



今夜の赤は
丸くふくらませた袖が愛らしく
そのカラーはほっそりした首のお人形めいた可愛らしさを
それは見事に魅せていた。


それは笑顔かもしれない。


着せ替えられては、
新たな魅力に驚かせる今日のアベルは、
今、
頬にえくぼを刻んでいた。



天使は降臨し、
食堂は
ようやく
それぞれがそれぞれに
動き出した。




四人も
皆も
クリスマスを祝う準備は
整っている。



あとは
ミサに出掛けて
ベッドに入る。


食事は
和やかなうちに
優しく終わっていった。




「さあ
 今日は
 アリスと過ごせて
 本当に楽しかったですよ。

 ここからは
 二人の時間です。

 アリス、
 だいじょうぶね?」


グロリアは
食事の最後にそう宣言する。
恋人たちは、
聖夜を共に過ごすのだ。


それは、
グロリアとウィルも同じこと。


二組の恋人たちは
静かに笑いあった。





教会に向かう道を
グロリアとウィルは
寄り添って歩いていく。


その後ろを
少し離れてグレンは歩いた。
ミサは初めてだった。



「ぼく……ミサって
 行ったことないよ。」

「わたしもだよ。」

グレンが応えると
アベルの目が丸くなる。



小さな帽子に小さなベール
黒いドレスに白いレース。

アベルはグレンに支えられて歩いた。
真っ白なコートにふわりと包まれたアベルをグレンは
そっと支える。



白く雪を被った街は静かで
ぽうっとオレンジの光を落とすガス灯の下を
ミサに向かう家族の影が寄り添って進んでいた。





小さな聖堂
クリスマスの祈り
讃美歌の合唱


アベルは
そのすべてを
眸に焼き付けたいというように
一心に見つめていた。


そうして
讃美歌の響きの中
静かに目をとじる。


オルガンの響きと聖歌隊の歌声が
アベルを包むのを
グレンは静かに見つめていた。




小さな手をグレンに預け
しんしんと冷える道を戻りながら
アベルは囁く。



「グレン、
 ぼく、
 今日ね、
 不思議な気分なの。

 ……とても不思議なんだよ。
 あのね、
 嬉しかった。
 生きてるって嬉しいことなんだね。

 それでね……あの……
 ありがとう。

 ぼく、
 ありがとうって
 思った。」


グレンは、
そっと道の脇に入った。


アベルは
戸惑ってグレンを見上げる。


脇道から見上げた空は
宝石をばらまいたように星たちが輝いていた。




唇が重ねられた。


家族の優しい語らいが
聖夜の街を通りすぎていく。


唇は優しく
腕の中にすっぽりと包まれて
アベルは暖かだった。






厳かに
キスは交わされた。


「さあ
 戻ろう。」

ホテルの灯りは
もう
すぐそこだった。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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