この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





バートン夫妻の部屋は
華やいでいた。


深緑のドレスが
若さを引き立てる装いのアベルは、
グレンに寄り添って背筋を伸ばしている。

グレーの光沢のあるスーツに
しなやかな長身が映えるグレンは、
ゆったりと深く座った姿勢に傍らのアベルを包み込む。



老夫婦の懐は深い。



尋常ならぬ美しさは
ガラスのケースを取り去って
しっとりと互いを思う情に彩られ、
その部屋に溶け込んでいた。



「とっても綺麗。
 写真屋の腕はなかなかね。」

「まるで夢だな。
 誰もが夢見る夢だ。

 美の結晶だね。」


写真屋から買い取った七枚の写真は
テーブルに並べられ
四人は
それぞれに見入っていた。



「ぼく…………不思議。
 この女の人が怖かったんです。

 なぜだろう……。」


アベルが
素直に口火を切った。



「私が馬鹿でした。
 ……ウィル、
 今はそれがわかります。
 あなたが警告してくださったのに、
 気づかなかった。」


グレンはそれに応え、
アベルはキョトンとする。



「呼吸させてやりたい……ですかな?」

ウィルが悪戯っぽく笑い、
グレンは深く頷く。



「そうね。
 アベル、
 あなたはこの女の人じゃない。
 男の子だからじゃないわよ。

 この女の人は
 誰も愛してはいない。
 自分もね。
 
 そして、

 あなたは
 この女の人にはならないわ。
 あなたは今生きているんですもの。
 そして愛を知った。
 ちがう?」


アベルは
考え深げに小首を傾げる。


「ぼく、
 ただ写真取らなきゃ
 二人で取らなきゃって思ってました。

 そして、
 すごく綺麗になって……もう信じられないくらい綺麗で、
 ほんとのぼくが
 なんだか
 とっても小さく感じました。」


「この女の人、
 今は怖くないのね?」

「はい。
 …………どうしてでしょう?」

アベルは
人生の導師たるグロリアを仰ぐ。



グロリアの眸は
真理に輝く。
大切なことはいつも一つだ。




「グレンが愛してるのは
 あなただからよ。

 それが分かれば
 話は簡単。

 形は心が入って命を得ます。

 この女の人は形。
 すごく綺麗な形。
 それだけです。」


ウィルは、
アベルに語りかけるグロリアを眩しげに見つめ、
改めてグレンに向き直る、


「まあ
 自分に言い聞かせていたようなものです。

 どうです?
 私のグロリアは。
 これがグロリアです。
 強くて優しい人生を戦う勇者ですよ。」


そうして胸を張るのだ。



「まあ!
 ウィルったら、
 今はアベルの話をしてるのよ。」

「いや、
 恋の話をしてるのさ。

 恋をすると
 人は臆病になるってことだよ。

 臆病になって
 相手を縛りたくなる。
 いろんな理由をつけてね。」


またまたキョトンとするアベルを
グレンはそっと抱き寄せる。


「アベル、
 君を大切に思う。
 私は
 そこから始めたい。」

その額に静かに唇を捺して
グレンは囁いた。


「あの……ありがとう。
 ぼく、
 グレンは大切な人だよ。

 本当だよ。
 初めて望んでくれた人だもの。」


アベルは
その胸の中で
そっと囁いた。


「愛されて……幸せだよ。」


グレンの腕に力がこもり、
アベルはその胸に顔をうずめた。





大人たち二人は
静かに席を離れた。

そして、
ウィルはグロリアに耳打ちし
グロリアはパッと顔を輝かせる。



ウィルは
そっと部屋を出ていった。





グロリアは、
ほうっ
息をついた。


夫の腕はよく知っていた。
押し花は内緒の宝物だったが
もう一つはウィルも知っている。


 ……持ってくればよかった。
 私の愛した館に置いてあげなくては
 そう思ったのだけど……。

 〝時間は
  たっぷりあるよ〟

 そうね
 ウィル
 たっぷりある。

 もう一度私は座る。

 今度はどこがいいかしら。



クシャン……。



可愛いくしゃみに
耽っていた感傷は切り上げとなった。




「寒い?
 アベル」

グレンが尋ねている。



もう日が傾いていた。


「グレン
 暖炉に火を入れましょう。
 暖房だけでは心もとないわ。」


グロリアは呼び鈴を鳴らした。




 
ウィルも戻り、
暖炉に火は入った。



アベルはグレンに肩を抱かれ
暖炉の傍らの椅子に座り、
グレンは暖炉にゆったりと凭れる。







ウィルは
みんなが離れた窓際のソファに陣取り、
ローテーブルに屈み込んでいる。



「さて、
 このお写真、
 どうしましょう。」


向かいの椅子に座り
グロリアは切り出した。


「あの……グレンの写真
 欲しいです。
 グレンはグレンだもの。

 すごく綺麗で
 ああグレンだって思います。」


グロリアは微笑む。
パチン
テーブルに置かれた小物入れが開かれる。


小さなロケットが取り出された。
森に遊ぶ妖精のカメオは
グロリアの愛する磁器製の人形たちに同じく
それは愛らしいものだった。



「アベル、
 このロケットを、
 私からあなたへのプレゼントにするわ。

 グレンの写真を入れましょう。
 さあ、
 あなたのグレンを選んで。

 グレンも一緒にどうぞ。」



一頻り
可愛らしい感謝の声が続き、
それに続く低くよく響く声が謝意を述べ、
若い二人は差し向かいに座った。



日は陰り、
グロリアは
ウィルに頷いて
ランプを灯した。



その灯りに浮かぶ二人は
夢のように美しかった。



ウィルは
時おり
暖炉の火影に浮かぶアベルを見つめては
黙々と手を動かし、
グロリアは
趣味の刺繍を引っ張り出してゆったりと安楽椅子に座る。



写真は選ばれ
妖精のロケットは大切な人の肖像を納めて
アベルの首にかけられた。



テーブルには、
見知らぬ女の人が
写真の中に取り残されている。
それは、
もう
アベルを脅かすものではなくなっていた。




かけてやった手で
グレンは
アベルをそっと抱き締める。


「ありがとう、アベル。」

そう囁くと、
グレンは
グロリアに振り向いた。




アベルが一歩進み出る。

「グロリア、
 本当にありがとう。
 ぼく、
 とっても嬉しいです。

 プレゼントって
 ほんとに幸せなものですね。」


その弾む声に
グロリアも微笑む。
さあ!
グロリアは立ち上がる。




「じゃあ、
 イブニングは、
 このカメオに合わせて選ばなくちゃ。
 グレン、
 今日はアベルの着付けは私の仕事よ。
 やらせてね。」


グレンが進み出てアベルの肩を抱く。
そして、
申し出た。


「グロリア、
 暖炉をお借りしてよろしいですか?」


「そうね。
 それがいいわ。」


グロリアも頷く。


アベルは何がいいのか分からず
グレンを見上げる。



グレンは
テーブルに戻り、
さっきまでアベルと選んでいた写真と
そのネガを取り上げた。


ボウッ……。


炎は勢い付き
くべられた美しいものを
瞬時に呑み込んだ。



あっ……。


アベルが凍りつく。

「あの……ぼく…………。」



 どうしよう
 ぼくのプレゼント……。


他に用意があるわけではない。
アベルは狼狽えて
グロリアに目で訴えた。


「だいじょうぶ。
 着替えのときにね。」


グロリアは小声で囁き
唇に指を立てる。


シイッ
黙ってるのよ。



クリスマスプレゼントは
クリスマスの朝までは秘密なのだ。
大切な人へのプレゼントは
明日の朝に分かる。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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