この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





コンコン

忍びやかなノックが
老夫婦の相談に
終止符を打った。


二人目を見合わせ、
ウィルが立ち上がった。





ドアを開けると
グレンが
真面目な顔で待ち受けている。



「ウィル、
 グロリアにアリスの着替えをお願いできませんか?
 …………その、私の着せ方では
 きつくて動けないと言うんです。

 髪もリボンの形があるらしくて……。」



頬はやや赤い。

ウィルの観察眼は、
〝人に弱味を見せたことがない
 頼み事などもってのほか〟
グレンを診断していた。



どうやら
本当に困っているらしく
真っ直ぐ見つめる眸は真剣だ。



 幼妻の可愛い抗議に
 なす術もない年上の夫か?



くすっ
笑いたいのを堪え、
ウィルは大真面目な顔を作った。



「ああ
 心配していました。
 それでは、
 アリスは食堂に来られるんですね。

 もちろん
 グロリアは伺います。」



そして、
グロリアは寝室に迎え入れられ、
またパジャマ姿で
ベッドに座り込んでいたアベルに


「グロリア!
 わーありがとう!!」


歓迎され、


「殿方は邪魔です。」

グレンを追い出した。





閉じられたドアの前で
グレンはため息をつく。





愛しい者は
時計が1時を打つや
ピョン
飛び上がった。


ほんの少し前までの
幸せな夢は
儚く消え、
恋人はクリスマスを待つ子どもになっていた。




〝お昼だよ!
 行かなくちゃ〟

まだふらつくだろうと
優しくキスで宥めると
パタパタ暴れる。


そして、
唇が離れるや

〝もう!
 間に合わなくなっちゃうよ。
 ぼく、
 忙しいんだ。〟

ぷくっ
頬を膨らませる。


さらに、

〝やだやだ!
 コルセットきつすぎなんだもん。
 グロリアに着せてもらう!〟

だだを捏ねる。



かと思うと、
些か傷ついてうつ向く自分に抱きついて
囁く。

〝ごめんなさい。
 ぼく
 グレンへのプレゼント
 グロリアに相談しなきゃならないの。
 お願い。〟


見上げる顔は
それはもう可愛かった。



が、



それも
今はドアの向こうだ。




グレンは
しばし動く気になれず、
また、
自らウィルの元へと逃げ込むこともできにくく、
ドアの前に佇んでいた。





「行きましょう。
 カードでもやりながら
 待ちませんか?」


いつの間にか
傍らにウィルが来ていた。



にこやかに
階下へと誘う言葉が温かく
素直に有り難かった。




「…………はい。
 ご一緒させてください。」


グレンは微かに微笑んで従った。



昼食は
午後2時までが習いだ。
少々遅れ気味でも
何とか間に合うだろう。



時計は間もなく1時半を指す。



ラウンジの一角で
ウィルは
達者な手つきでカードを切った。



その手の中で
カードは躍り、
整然と揃う。



「見事ですね。」

グレンの言葉に
ウィルは微笑む。


「昔取った杵柄ですよ。
 そうだ。
 マジックをお見せしましょう。

 どれか一枚のカードを引いてください。」


そう
言うと、


ザーーーーーーッ


右手から左手へと
カードを流し
改めてカードを切ってみせる。



見事な間隔で扇状に開いたカードが
グレンの前に差し出された。



「さあ引いて。
 私は
 そのカードを当ててみせます。
 ついでに、
 あなたの恋も占ってあげますよ。」


恋……。


一瞬、
頬に触れるアベルの手が思い出され、
グレンは
かっ
と胸が熱くなった。


さらに
触れられた頬も熱くなる。




アベルがベッドを抜け出した明け方以来、
グレンはアベルを思っては頬を染めることが続く。





ウィルは
端然と落ち着いている。
良きマジシャンは無駄な動きをしない。
ウィルはその点見事だった。



グレンは
そっと中ほどのカードを抜き取った。
その裏を返そうとすると、
グレンの手はウィルに押さえられる。



目を上げると
ウィルが微笑みながら首を振った。



もう一方の手がさらに重ねられ、
ウィルは目を閉じて
眉を寄せる。



ハッ
その手に力が込められ
ぱちっ
ウィルの目が開かれた。



 ふう……。



やや大袈裟なため息がつかれ、
ウィルは
グレンに微笑みかける。



「ハートのジャック!
 開けてごらんなさい。」


開けてみるまでもない。
そう思いながら
なぜか胸が高鳴った。


ウィルは自信ありげに
次の宣告を待つ様子だった。




そっと返した。

絵札の王子は
真っ直ぐ横のハートを見つめていた。

筋書き通りだな
思いながら
グレンはつくづくと王子の顔を眺めた。



「あなたは若い。
 そして、
 恋に夢中だ。

 その情熱が通じることを祈って
 アドバイスさせていただけますか?」



ウィルは
カードを受け取ろうと
手を差し出す。


取り戻したカードを
じっと眺め、
ウィルは静かに頷いた。


グレンは待った。
いつしか真剣に待っていた。


ウィルが
徐に顔を上げる。



「待つにも
 種類があります。
 甲斐のないものとあるものですな。

 今、
 あなたの恋は甲斐のあるものとなりました。
 ここは、
 とりあえず〝待ち〟が上策。

 まずは、
 プレゼントを待ちましょう。」



そこまで語って、
ウィルは
階段を見やり立ち上がった。


グレンは振り向き、
今日何回目かの驚きに
目を見張った。





アベルは深緑のドレスを纏っていた。
リボンも少し小振りになり、
朝より大人びている。



若き淑女が
年長者に付き従い
ちょっと危ない足取りながら
しっかりと一段一段を下りてくるところだった。




もちろん男たちは
エスコートに馳せ参じた。


淑女たちは慎ましくそれを待ち
崇拝者にその手を預けた。



昼食の始まりだった。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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