この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。






「……光が……。」

ふうっと透き通るアベルが
微かに身を捩る。
その目は開かない。




 光……。



グロリアは
はっと気づき
カーテンに飛び付いた。


急いで閉めようとする耳に
飛び込んでくる声。


「グロリア!」

見下ろすと
ウィルが中庭から手を振っている。



「ウィル!」

グロリアの声は
ほとんど悲鳴だった。


「今行く!」

ただならぬ声と表情に
ウィルが走り出す。




グロリアは
必死に呼び鈴を鳴らした。



ウィルが飛び込んでくるのと
支配人が駆け込んでくるのが
ほぼ同時だった。




バサッ……。



グロリアは
ともあれ隠さなくてはと
アベルを毛布で覆った。

その上に身を屈めたまま
きっと
顔を上げる。



「グレンを呼んで!
 いえ、
 この子を運んで!
 急いで!!」


支配人は毛布に包まれた華奢な膨らみに
すっと青ざめ
ウィルは顔色も変えずスタスタと近寄った。



一瞬
迷うように目を閉じるグロリアの肩に
優しい手が乗せられた。



「お前は
 待っておいで。
 大の大人が三人がかりでは
 目立つからね。」


力に満ちた声だった。



おずおずと見上げるグロリアは
ウィルの穏やかな笑顔に迎えられた。
堪えていた涙が頬を伝う。



アベルは軽々と抱き上げられ、
ウィルは支配人を促して歩き出す。




はっと我に返った支配人は
小走りにドアに向かい
それを支えた。



歩き出したウィルは
廊下を見渡し
笑みを浮かべた。




毛布から覗く小さな顔は
血の気を失い
ひたすらに透き通っていくように見えた。


急がなければならなかった。
そして、
怪しまれてはいけない。



 こりゃ、
 詐欺師冥利につきる仕事だな




抱いているのはちょっと大きめの
クリスマスプレゼントでもあるかのように
足取りは軽く
顔には笑みを浮かべ
ウィルは進む。



散歩から戻ったらしい夫婦を
会釈しながらすり抜け
用を言いつかった小間使いがドアから出てくるのを
〝よっと〟とかわし、
クリスマスのオーラに身を包んで
長い道中をウィルは終えた。



支配人も
そのオーラに自分を取り戻し
客のお楽しみに付き添う態でついてきた。




支配人のノックが響く。
少しだけ速く繰り返される音に
切羽詰まったものが籠る。



1、2、3、…………。

ウィルは胸の中で時を数える。
長い。
ひどく長く感じる時間が流れた。



そして、
ドアが開いた。



グレンは現れ、
アベルを見るや、
物も言わずに抱き取った。


その眸に燃えるものが
ひどく美しかった。
思う間に
グレンは背を向け、
その足は走り出す。



グレンが
アベルを抱いて寝室へと
駆け入っていくのを
ウィルはほっとして見送った。


 きっと間に合う
 グレンが間に合わせるだろう



バターン!


激しく閉じられたドアの前には
居間に取り残された写真屋がいた。
テーブルには、
何枚もの写真が並べられている。


 なるほど
 時間がかかるわけだ



ウィルは
支配人に目配せし
居間へと足を進めた。



「ああ君、
 ご苦労だったね。

 奥様が発作で倒れられたんだ。
 写真のことはウェストン氏から聞いている。

 こちらで預かるよ。
 支払いも立て替えておこう。

 さあ来てくれたまえ。」



サー・ウィリアム・バートンは、
その口髭をピンと立て
鷹揚に写真屋に呼び掛けた。







カーテンに閉ざされた寝室に
静かに時間が流れた。



急き立てられた心そのままに
床に散らばる衣類
そして
静かに上下に動く掛け布が艶かしい。




「グレン……。」

ぴたり
動きが止まる。


隙間風かと聞き過ごしそうな小さな声だった。




「アベル……だいじょうぶ。
 もうだいじょうぶだよ。」

優しい声が
そっと
壊れ物を扱うようにかけられた。



甘い吐息が返される。


「……グレン、
 繋がってるね。」

その囁きに、
掛け布は僅かに震えた。




「アベル……。」

低い声が
信じすぎてはいけないと
己を抑えるように響く。



「ぼく……繋がるの嬉しいよ。
 生きてほしいからだよね。」

あどけない声が
無邪気に続いた。


んっ……。


その声は
耐えるように息を引く。

その身を貫かせたまま少年の声は
小さく喘ぎ
掛け布はその体を守るように沈む。



「ぼく……愛されてる…………。
 ……ぼくが愛されるなんて……不思議。」


「アベル……愛している。
 愛しているよ。」




パサリ…………。


掛け布が滑り落ち、
半身を起こした男の体が
現れた。


鞭のようにしなやかな筋肉が
美しくその輪郭に陰影を添えている。
見下ろす端正な顔は若く
眸に溢れる涙が美しい。







か細い真っ白な手が
そっと上がり
その頬に触れる。


「グレン…………ありがとう。」


静かに体は重ねられた。



掛け布は優しく二人を覆う。
小さな喘ぎに合わせて
緩やかにそれは揺れる。


愛は注がれて
その器を満たし
愛は返されて二人の心を満たす。



イブの日は雪に明け
晴れて人々を誘う。
今日はクリスマスイブ。
さあプレゼントは準備できたかな。




画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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