この小説は純粋な創作です。
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実在の人物・団体に関係はありません。
早朝のホテルは、
まだ薄暗い。
廊下のガス灯は
点々とまたたき、
並んだ客室のドアに飾られたリースが光を弾く。
クリスマスは明日だ。
和やかさ
温かさ
クリスマスシーズンに
このホテルが供給するのは、
それに尽きる。
その信条を体現する支配人が
今、
グロリアに付き従い、
大きな蓋付きバスケットを抱えて
その廊下を進む。
ちょこちょこと前を行くグロリアの
ぴんと伸ばした背には
不思議な威厳が備わった。
それは、
支配人の恭しさに助けられ
見る者を引き寄せ、
〝あれは……何だろう?〟
と
捧げ持たれたバスケットの中身を想像させた。
食事の支度に
各部屋への熱いお湯のお届けにと
使用人らは立ち働く。
支配人自らが運んでいくのだ。
宝石?
証券?
……いやいやあの大きさだ。
札束が唸るほど入っているのかも。
それにしても……バスケット?
彼らの秘かな視線の中を
二人は行き、
そして、
部屋に消えた。
支配人は
すぐ出てきて
深く礼をし、
やや小走りに階下に向かい
やがて銀色の盆に紅茶のセット一式に
温かな湯気を上げる小さなカップを乗せて
また廊下に現れた。
ふわりと漂う甘い香りに
それは
ホットミルクセーキと知れた。
支配人は再び部屋に消え、
また現れて
今度はゆっくりと階段を下りていった。
朝食の支度も
そろそろ仕上げに入る頃合いだった。
「はい
暖まるわよ。
甘いものは幸せを運んでくるの。
飲んでごらんなさい。」
二人の開けたドアの音に
もこもことベッドのふくらみは動き、
ぴょこんと小さな頭が覗いたのだ。
〝グロリア……?
グレンは?
ねぇ、グレンは?〟
グロリアの顔を確かめるや
あどけない声は、
せき込んでグレンを求めた。
混乱して、
飛び出してきても、
グレンが気にかかってならないのだろう。
そのいじらしさに
秘密を知る二人は心打たれた。
〝心配ないわよ。
ちゃんと
こちらでお預かりしてるって
お伝えしました。〟
グロリアは
ただちにベッドの少年に小走りに駆け寄り
しっかりと抱き締めた。
くしゃくしゃになった金髪は、
愛らしさを増量し、
妖艶に転げ込みかねない美貌を、
〝まああああ
可愛い!
アリス、
やっぱり短い髪って
可愛いわ。〟
と
グロリアの嘆声を上げさせるものに色付けしていた。
可愛かった、文句なしに。
支配人は、
瞬時まじまじと見詰め、
はっと気を取り直し、
コホン
と咳払いして、
〝あの……甘い飲み物もご用意できますが……いかがでしょう?〟
と申し出た。
というわけで、
今、
アベルは、
両手でカップをしっかり持って、
甘い甘いミルクセーキを口に運んでいる。
コクン
一口飲むと、
ほうっ
と
小さな吐息が洩れた。
「……おいしい。」
呟くアベルを
グロリアは静かに見詰めていた。
……似ている。
きっと絵以上に似ているのね。
絵姿の少女は、
波打つ金髪を
座った椅子からドレスの裾まで
きらきらと流していた。
不思議なのは、
少女の向こうの窓が
鉄格子に厳重に覆われていたことだ。
囚われの身だったのかしら……。
グロリアは
ふと
思いつく。
「アリス、
グレンが迎えにくるまで、
外に出たことがないんじゃない?」
アベルは
こくん
と
頷いた。
クリスマスの習慣すら知らない子ども。
この子は、
外の世界を知らず、
ひっそりと育ってきたのだ。
似ている……。
グロリアは、
グレンの慕情を思い、
小さくため息をついた。
その姿ばかりではない。
その環境までが、
愛した少女を思わせただろう。
助けて
助けて
わたしを助けて
そんな声を聞いたのかもしれない。
そして、
連れ出してしまった。
食堂に現れる少年は、
元気に見えた。
病気は、
もう少年を苦しめてはいない。
おそらくは、
アベルも、
グレンと同じく、
時を超えて生きていく定めを負ったのだろう。
〝一緒に旅をする人〟
グレンは、
迷わずに答えた。
「あのね、
グレン……怒ってなかった?」
甘いアルトが
心細そうに尋ねる。
少年は、
いつしか
言葉遣いも変わっていた。
少年の姿を受け入れてもらったことで、
気が緩んでいるのかもしれない。
女の人でいなくちゃ!
と
思い出しては、
もじもじする様子はあるが、
〝もう
いいのかな?〟
と
上目遣いで確かめている様子もある。
「怒ってなんかいないわ。
あなたの旦那様は、
あなたが大好きなんだから。」
グロリアは優しく応えてやりながら、
アベルの姿を
改めてつくづくと眺めた。
アベルは
線が細く、
背丈も低い。
少女としたら妻と呼ばれておかしくなかろうが、
男の子だとしたら話が違う。
だから、
〝妻〟なのか。
そう納得した。
少年として伴ったなら、
一年もせぬうちに疑惑を呼ぶだろう。
〝あの子、
少しも変わらないわね〟
〝背も伸びない。
声も変わらない。
おかしくないか?〟
くすっ
グロリアは明るく笑った。
よし!
まずは始めてみましょう
状況は掴んだ。
グロリアは
こういうときは、
いつも笑う。
あとは、
解決するだけのことだ。
何でもない。
この子が
グレンを理解しようと
思えるか
グレンが
この子を待てるかどうか
問題はそれだけ。
二人は一緒に旅をしなきゃならないんだもの。
久しぶりの
家内取り締まりを
グロリアは楽しむことにした。
愛しい者たちを守り育てるため、
彼女は
いつも
そうしてきた。
……コクン。
グロリアの笑顔を見上げながら、
アベルは、
支配人の心尽くしのミルクセーキを
飲み終えた。
グロリアは
そのカップを取り上げ、
颯爽と宣言する。
「さあ、
着替えましょう。
お食事に行きますよ。」
あっ
と
うろたえるアベルに
グロリアは笑う。
「グレンは任せてくれました。
だからね、
だいじょうぶ。
ドレスを着せるのは、
私の方が
ずっと上手よ。
アベル、
任せてね。」
〝アベル〟と呼ばれ、
少年は、
固まった。
「あの……。」
声が詰まる。
目を見開いたアベルの前を
グロリアは
スタスタと
大きなバスケットに向かう。
「ね?
グレンが選んでくれたのよ。」
大きなバスケットを開けて
グロリアは
可愛らしいピンクのドレスを
持ち上げてみせた。
アベルの顔が
ぱっと明るくなる。
グレンのお気に入りのドレスが
アベルをほっとさせた。
「はい!
はい、グロリア!
お願いします!!」
イブの朝は、
ようやく流れ出した。
画像はお借りしました。
ありがとうございます。
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