この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。






駆け足で沈んでいく冬の太陽に
はや薄暮の闇が広がる。
雲は斜陽を前に
空を覆っていた。

夜半には雪となるだろう。





グレンは
ランプのシェードを取り
そっと灯りを点す。



ふわっと
雪景色の庭は闇に溶けた。
代わって
さっきからそわそわと鏡を覗き込んでいた恋人が
そこに映し出される。



 アベル、
 鏡の魔法は
 もう怖くないの?


 ほら、
 もう一つの鏡が
 可愛い君の横顔を映しているよ。




グレンは、
ソファーに深く背を預け、
しばし、
二つの鏡に映る君を楽しむ。




向こう側のアベルが
愛らしくぶかっとしたガウンに着られて
小首を傾げてアベルを見つめている。





パジャマにガウンは、
すっかり
アベルの部屋着になっていた。

ドレスを脱げば
アベルはベッドに潜り込み、
本を抱える。

それが
病弱だったアベルには
慣れ親しんだ過ごし方でもあるのだろう。


そして、


ご飯を怖がるアベルは、
病弱な頃と変わらぬ、
今にも透き通って空気に溶け入ってしまいそうな風情をしていた。


ベッドで本を読む姿が
またよく似合う。




でも……、




今日は違うね。


鏡の前で
自分の姿を確かめるアベルに
グレンは思う。


魔法の言葉はちゃんと残っている。
出会ったときのときめきを呼び覚ます言葉だ。




〝綺麗だよ

 君は綺麗だ〟






アベルは、
見詰めるグレンの思いには気づかない。
自身の大問題に夢中のようだ。





くるん
背を向けて身を捩る。



鏡は
可愛い見返り顔を
返している。



アベルは
鏡に笑いかける。
鏡の中のアベルも笑みを返す。



うーん
小難しげな顔をする。



鏡の中のアベルも
何か悩んでいる。




「おいで」
グレンは呼んだ。



「うん」

アベルは
最後に
名残惜しげに鏡を振り向いた。





とことこと
やってくるアベルの後ろ姿が
窓の闇に浮かぶ。


細い肩を覆う黄金の滝は
肩先を越えて波打つ。

歩き方は
まだ教えていない。
少し心もとなく
自信なげな足取りがただ可愛かった。




「ガウンは
 きちんと帯を締めておいで。
 寒くなるよ。」

グレンは
キュッと帯を締めてやる。



近々と眺め、
グレンは思う。



パジャマは、
実はなかなか扇情的な装いだ。


襟元が
少し開いて
胸の白さを教えている。

微かに
くっきりと沈む窪みの影が覗く。

その先に指を這わせれば
そこは白磁の滑らかさであると
グレンは知っていた。




「何を考え込んでいたの?」

小首を傾げたまま
前に立つアベルの腰に手をかけ、
グレンは見上げる。



「あのね……、
 さっきの人、
 すごく大人の人だったでしょ?」


アベルは一生懸命話す。
そのピンクの唇はぷっくりと瑞々しい。

紅く艶めいた唇も美しかったが、
あどけなくありながら、
大人のキスを覚えたばかりのピンクは
グレンを魅了する。




「そうだね。」


グレンは微笑む。




「でも………………ぼくでしょ?」

アベルは言いさしてうつ向き、
そっと上目遣いに
グレンを窺う。




その小さな頭を悩ませる姿が
どんなに可愛いか
アベルは知らないのだろう。
グレンは微笑ましく思った。




「そうだよ。」

グレンは微笑む。



「あのね、
 あの人、
 すごく綺麗だった。
 ぼくじゃないみたい。

 ………………ドレス着たから、
 綺麗になったのかな?」




グレンはそっと腰に回した手を引いた。
アベルはとすんとその膝に落ちる。


グレンは
近々と自分を見上げるアベルを見詰めた。




金の糸が
ランプの灯りを吸って
その顔を縁取り
眸の青は薄闇を吸って深い。


その顔は
まるで
天使の絵画から抜け出たようだった。





「こんなに綺麗なのに、
 もっと綺麗になりたいの?」


グレンは
くすっと笑う。



「でも…………。」


アベルは
納得がいかない。



 君は
 ドレスと化粧と宝石の魔法に
 かかってしまっただけだよ。


そう思い、
グレンはふと思い付いた。



そっと
アベルの頬に手をやり、
その眸を覗き込んで語る。



「さっきの女の人はね、
 私の妻だ。

 私と恋をする大人の女の人に
 君はなったんだよ。」



 ソファーは
 どっしりと私たちを乗せて
 余裕がある。


グレンは
幼い恋人を確かめた。


膝に乗せたアベルは
きちんとボタンを留めたパジャマに
きゅっと結んだ帯からゆったりと広がるガウンを着て
お行儀よく座っている。



そう
このソファーなら
だいじょうぶ。



「恋?」

アベルは
また小首を傾げる。




グレンは
もう決めていた。


「そうだよ。
 私と並んで私のキスを受けて
 その人は綺麗だったろう?」


 あっ……。

小さな声が洩れる。



その細い肩から下ろされたガウンに
腕の自由を奪われて
アベルは目を見開く。


突然の狼藉に
驚く間もなかった。


ぐっと
力が加えられ、
華奢な体をソファーに膝立ちさせられて
アベルは戸惑う。


パジャマの襟が
ガウンに引かれて下がり、
白い肌がランプの灯りに広がる。





「窓が見える?」

グレンはもう止めるつもりはなかった。
優しく尋ねる。
そう
優しく優しく尋ねる。



「……ま、窓…………?」


アベルは
その声の優しさにまた戸惑う。

動けないまま鸚鵡返しに応える声は
微かに震えていた。



「そうだよ。
 窓が見えるかな?」

グレンは繰り返す。


アベルは
窓に目をやり、
息を呑んだ。



縛められた自分の姿に
その目がまた揺れる。



逃れようとするように
微かに身が捩られ、
グレンに優しく封じられた。





「君が映ってるだろう?」


グレンの声は
あくまで優しい。



アベルは、
困ったように見下ろすが、
グレンは動じない。



「……うん。
 あの…………。」


 離してほしいんだね。
 まだだよ。


グレンは微笑んだ。



「君に見せてあげるよ。

 さっきの人より
 ずっと綺麗な君を
 見せてあげる。」



グレンは
アベルを見つめたまま
そっと
パジャマの下に手を滑り込ませる。


がくっ
落ちかける腰を支え
ぐっと持ち上げる。


 ほら
 君の肌は
 遠いChinaからやってきた白磁だ。
 なんて滑らかなんだ。


その指は
先ほど確かめた胸の滑らかさを確かめ、
その感じやすい突起を探り当てていた。


くっ
アベルの喉に息を引く音が
艶かしく響く。





「今、
 触れている指はね、
 君に恋している指だ。

 …………君のすべてが恋しくて
 触れているんだよ。」



抱き寄せた腰を支え
アベルの顔を見上げながら
グレンは囁く。



「あ…………グレン……。」


愛撫に慣れたグレンの指先が
アベルを
静かに燃やし始めた。



「さあ
 よく見てごらん。
 恋人に
 愛されて
 君は…………どう?」



小さな突起は
つん
と上を向く。



アベルは魅せられたように
窓を見つめる。



唇が震え
膝が震え
その華奢な指先が震え出した。


 ここまでだね
 入り口だけにしよう




そっと
その目を手のひらで塞ぎ
グレンはアベルを
また膝に座らせた。


優しくガウンを肩に戻してやり、
まだ震える唇に唇を重ねる。
恋人のキスは深かった。


甘い吐息を確かめてグレンは唇を離した。



きちんと
ボタンを留めたパジャマで
愛らしく膝に丸くなるアベルは、
恋人のキスに溶けて
目を潤ませていた。




「応えてくれたね。
 君は
 本当に綺麗になった。」

「……綺麗……?」


アベルは
頼りなげに
グレンを見上げる。




グレンは満足していた。
そっと
その額に唇を捺す。


「綺麗だよ。」


静かに膝から下ろし
ソファーにアベルを横たえる。



グレンはカーテンを閉じるために
立ち上がった。

アベルは
ふうっと目を閉じている。




グレンは
幼い恋人の髪を静かに撫でる。
アベルが
ふわりと目を開けた。



「あれ…………ぼく?」

ぼんやりとアベルは呟く。



「そうだよ。
    綺麗だったろう?」

グレンは囁き、
そっと唇を重ねた。



啄むキスは
優しくアベルを宥める。



  …………ぼく?

  そうだよ


   …………ぼく?

   そうだよ


……………………。



少年は
綺麗で綺麗で憧れた人の胸で
繰り返す。


いつしか
小さな甘い声は
途切れがちになっていた。




空気が
しん
と静まった。


夜半を待たず雪が降りだしていた。


聖夜を
明日に控え
街は再び白く覆われていく。



聖なる夜よ
どうか
私にも
贈り物をお授けください。


グレンは
静かに恋人の眠りを見つめていた。





画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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