この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




最上階は
さながら社員寮の食堂の風情だ。
みんな私服で寛いでいる。


若い社員が多い。
にしては、
やや暗色が多いのは警護班の比率が高いためだろう。
彼らはいわば勤務態勢にある。



急遽設置された台所には
どかん
ステンレスの台が並ぶ。




炊き出し部隊の女衆は
次々と
天丼に味噌汁にサラダに漬け物の膳を
台に置いていく。


男たちは
それをもらっては席につき、
食べ終わっては
下げ膳用の台に戻していく。



賑やかだ。



手製の献立表が入り口に貼られている。
今夜は天丼。
メニューは総帥から警護まで一律同じ。
これは鷲羽の日常だ。



もっとも
総帥には特典がある。

入り口に
総帥以下
テーブルを同じくする面々が現れると
ざっ
全員が席から立ち上がる。



「続けてくれ」

海斗が手を上げ、
皆は着席する。



西原が
空けておいたテーブルに
皆を案内し
高遠は
瑞月を誘ってカウンターへ膳を取りに行く。


そのテーブルも会議室用の長机。
急拵えの陣屋住まいである。


そして、
砦の夕餉は
一段と熱気を増した。


交わす言葉の語尾が明瞭になり、
顔が明るむ。
〝やろうぜ〟
〝最高だ〟
そんな言葉が会話に飛び交う。




 守るべきもの
 瑞月

 仰ぎ見るもの
 海斗


その登場がつわものたちの
意気を上げさせる。




テーブルの脇を
お膳を両手で持った瑞月が抜ける。


人数分のコップをトレーに乗せて付き添う高遠は、
警護班お気に入りだ。




瑞月は
ひたすら捧げもったトレーを揺らさぬよう一生懸命だ。
味噌汁がぷるぷると揺れている。

高遠は
テーブルに目礼をしながらも
その危なっかしい足取りに気を配っていた。




「よう
 高遠」

一つのテーブルから
高遠に声がかかる。


高遠は立ち止まる。


「ああ○○さん
 いらしてたんですね。」

高遠の声は明るく、
目は相手をしっかり捉える。
その笑顔は
いつも自然に溢れる。




高遠は守ることで多くを学び
学びすぎて屋敷の皆の心を痛ませている。

が、

守りたいものあればこそ、
高遠は
様々に感謝していた。
本物の〝会えて嬉しい〟は、
信頼を集める。


警護の男たちは
高遠の力強い味方だった。



そして、
瑞月も立ち止まる。




お膳を捧げる小さな手。
ちょっと傾げた頭。
素直な眸がまっすぐ男たちを見つめる。




テーブルに座る男たちは
瞬時固まった。




 ああ
 寮の食堂にそっくりだ……。



高遠は思った。



 あの頃も瑞月にみんな魅せられていた。
 ただ焦れていたんだ……。
 心を閉ざしたビスクドールに。




高遠は
ちら
海斗に目をやる。


今はどうだ。
〝大好き〟を詰め込まれたビスクドールは
生き生きと〝大好き〟を返している。



醜いアヒルの子は
白鳥になったのだ。




可愛い
可愛い!
可愛いいいいいいいい!!


「持ちます!」



そのお膳を受け取ろうと
男たちは
わらわらと立ち上がる。




「あ、ありがとうございます。
 ありがとうございます。」

瑞月は
一瞬きょとんとし、
それから
ぱっと笑顔になった。

皆を見回し
頭を下げる。



そして、



今度は
お辞儀に一生懸命になった瑞月の手の上で
トレーは斜めに傾いだ。



「あっ……」

瑞月が声を上げた時、
トレーは
すっと伸びた手に支えられた。



長身揃いの男たちの中で
頭一つ抜きん出た長身。



「だいじょうぶだ。」

静かな声に
また食堂は静まる。

天使はその守護神の胸に
トレーごと抱かれていた。



「すみません!」

西原が駆け寄り
頭を下げる。


〝すみません〟
〝すみません〟
………………。

男たちがチーフに続く。



「いや
 ありがとう

 俺も嬉しかった。
 瑞月を思ってくれて
 本当に嬉しかった。

 俺は嬉しかった。」


男たちは顔を上げ、
穏やかに微笑む海斗を見た。



食堂中の視線が集まる中、
海斗は続けた。


「ありがとう。
 今日から
 ここで
 食事も一緒にさせてもらう。
 
 食べるときは同じ仲間だ。
 気にせず頼む。
 共に頑張ろう!!
 共に頑張ってくれるみんなに
 俺は感謝している。」


おおっ!!

全員が起立し最敬礼する。



食堂の熱気は静かな炎となった。
そして、
賑やかな食事は再開し
活気は食堂に満ち溢れる。




総帥の一行も
めいめいがトレーを取り
水澤のトレーは
西原が共に運んだ。


高遠は
瑞月に付き添って戻り、
海斗は自分と高遠のトレーを
テーブルに置いた。



「お見事でした。」

水澤が見えない目で
海斗を見つめる。


「ありがとうございます。
 どうか
 よろしくお願いします。」

海斗が応え、
一同は〝いただきます〟を交わす。



鷲羽の砦は
闇との開戦を前に
その絆を深めた。




「あ、
 武藤補佐、
 お返ししておきます。」

瑞月がトレーを返しに行くのを見済まして
西原がジーンズの尻ポケットから
小さな紙切れを出した。


「ありがとう。
 どうでした?」

「身元は確かでした。
 確か過ぎて
 誰を訪ねてきたのか気になります。」

「……その男、
 どこに泊まっている?」


海斗の声が静かに入り、
その手が伸びた。


小さな紙切れは海斗の手に移った。


画像はwithニャンコさん作成の