この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




地下駐車場は
半地下の造りだ。
三方から
植え込み越しに陽光は入る。


斜陽は足が長い。
すうっと駐車場の半ばまで
西日の赤は床を彩る。



西原は
駐車した一台に寄りかかるようにして
のんびりした様子で
イヤホンから流れる〝曲〟を聴いている。


目深にかぶった帽子に
ゆったりしたトレーナー姿は
日曜日のドライブを終えた青年といった
くつろいだ姿に見える。


イヤホンならぬインカム装着の青年は
警護班チーフだ。
周辺道路に散った部下は
逐一報告を
あげているのだろう。




拓也は
エレベーターホールから出て
そのガラス戸に
ゆったりと凭れた。




ザアアアアア…………ッ。


車が滑り込んできた。


静かなエンジン音に
タイヤの回転の軋みがわずかに入るだけ。
運転者の技術は相当なものと推し量れる。


2台の車は
流れるようなラインを描き
しずしずと停車した。




バタン!

後部座席ドアが勢いよく開く。




ぴょん!

きょろきょろ……にっこり!!


「拓也さん!」



車から
天使が飛び出した。
そのまま拓也の首にかじりつく。



 ああ
 柔らかいね。
 この感触、
 ホームシックになると
 思い出していたよ。




「瑞月、
 元気にしてた?」

「うん!」


拓也は
久しぶりに天使の頭を撫でた。

海斗の心中は分からぬが
毎度
瑞月の〝嬉しい!〟はストレートだ。
拓也は
瑞月にとったらお姉さんでもお兄さんでもある。


頼もしいカウンセラーぶりは
お姉さんか?
の細やかさで瑞月の
なぜなぜ攻撃を受け止め

しなやかな采配ぶりは
真ん中の兄さんとして咲の信頼が厚い。


よって
だいぶ前から
瑞月の抱きつく先としては
拓也は海斗の諦めの範疇に入っていた。


〝おれは
 〝男〟じゃない〟
いうことかな。


拓也は
落ち着き払って瑞月の背に
優しく手を回す。


見下ろす小さな顔は
少しも変わらぬ愛らしさだった。




「いよいよだよ。」

拓也は
優しく言ってみた。




瑞月の眸が
キラリ
斜陽を弾いた?




その光に感じたものを
忙しく分析する間に、


バタン
バタン
…………。


車のドアは次々と開いていく。



まだ御大は降りないな。
座って見てるのかい?
兄さん。





ジャッ……。


 降りたな

拓也は
その音に
瑞月の嬉しそうな顔に
長兄の気配を確かめる。


見るまでもない。
長身の影は
駐車場に降り立ち
こちらを向いている。

そのオーラが
ひしひしと感じられた。




 うん
 大した存在感だよ
 瑞月は
 あなたの月だ。


日は
そこに降り立った。
そして、
動かない。


拓也は
海斗の
月をその光に照らして揺らがぬ風情に
満足した。



瑞月は
やはり何やら
ばたばたしている。

キラキラは
その眸に宿り
もどかしげに煌めく。




「ぼくね、
 あの……」


瑞月は
忙しく辺りを見回し
西原を見つけた。




くるくる回る頭の
なんて可愛いこと。


 この飛行帽、
 すごく似合うな。

拓也は
そんなことを
ふと思う。



その帽子に合わせたのか
可愛いフード付きのトレーナーは紺に赤いロゴが
入っている。




「トムさん!」

拓也の腕の輪に収まったまま
小さい手を
一生懸命振った。




西原がやってくる。



「あっ!」

エレベーターから
もう一人
やってくる顔に
また
瑞月は跳び跳ねる。


どうも
皆を集めたいらしい。
拓也は
その瑞月の能動的な動きに
驚いていた。




皆が
その招きに動く。


水澤教諭は
不慣れな風景に
足取りがやや辿々しい渡邉を励ますように
その手を叩き
迷う様子もなく
瑞月の脇へと進んだ。



高遠豪は
伊東と共に
その円陣の外縁を定めた。



そして、
円陣に外れ、
海斗は動かずにじっと見つめている。






「ぼくね、
 きっと勝つの。」


斜陽が色を急速に失う中、
駐車場は
不思議な光に満たされた。




その外輪は
仄かに
白々と揺らぎ
瑞月の胸の辺りに翠を抱いて静まる。



 呼んでいる…………。



円陣の中の者は
その召喚を
ただ
見つめた。




海斗が
静かに円陣の中央へと進み、
拓也は
そっと瑞月から一歩下がる。



瑞月は胸に両手をあてて
目を伏せ、
海斗がその前にその歩みを止めた。




ふわっ
光は二人を包み
その球体はサラサラと砦に流れ込む光の流れを産み出した。




サラサラ
サラサラ
サラサラサラサラ………………



駐車場の床は
光の流れに覆われ
その流れは
優しく閉じた空間を上がっていく。



砦は
光の粒子を内包して
白々と光の壁をそこに重ねていく。



それが
何秒続いたのだろう。

ただ
皆が我に返った時
それは消え
駐車場は暮れなずむ黄昏時の薄闇に沈んでいた。





チリン……。


海斗の手から
黒猫が飛び降りて
うーん
伸びをした。


黒猫は
せっせと毛繕いをする。
長旅に閉じ込められていたキャリーバッグに
文句があるようだ。




「こ、ここ……
 もう きれい
 わるいもの はいれない」

渡邉勝彦、
かっちゃんが、
訥々と、
しかしながら力を込めて宣言した。



「ぼく、
 今度は、
 誰も倒れたりさせない。

 きっと
 きっと勝つの。」


瑞月が
黒を抱き上げて
そう続けた。




「さあ
 皆様
 ようこそいらっしゃいました。

 今日は
 みなさん天丼ですよ。
 一息ついたら最上階に来てくださいね。」


「民さん!」

さっき
跳び跳ねた笑顔が
また輝く。




既に
賄い部隊も大所帯を賄うために
動き出していた。



少なくも
警護部隊は賄いが必要と
西原たちと共に
女衆も四人帯同してきたのだ。

そこに、
午後からは
民が参戦している。




民は
その〝食部門〟将軍だ。
最上階には彼女の城たる台所が設置されていた。


屋敷を思わせる
きっちりとした縞の銘仙に
穏やかな笑顔で
民は夕食を告げる。


光の河にも動じない日常が
そこに
どっしりと
皆を包み込んだ。



「わー
 おつゆ
 たくさんかけてね。
 民さんが作るご飯大好き!」


瑞月がはしゃぎ、



「はい!
 竈で炊くご飯は
 すこーしお預けですが、
 美味しく
 美味しくって
 おまじないをかけました。

 美味しいですよ!」

民は
微笑む。



「皆さん、
 上がってください。」


西原がそう声をかけ
インカムに
指示を入れた。


高遠が
瑞月に近づき
水澤と渡邉が合流する。


西原は伊東に黙礼し
ちらりと瑞月に目を遣ると
踵を返して
地下駐車場から出ていく。




動き出した流れの中で
海斗は拓也を
捕まえた。

先に行く瑞月に聞こえない声量で
囁く。


「俺じゃないのか」

「総帥だなんて
 俺は言ってませんよ。

 俺は作れないって
 言っただけです。」

「…………


海斗は日常に疎く
かつ
自分でやりたがりの男だった。

拓也は
そこが可愛いと
常々思っている。



ここは
既に砦だ。


そして、
鷲羽の王は
その人自らが最強の戦士なのだ。


 兄さん
 確かに食事は大切だ。

 でもね、
 おさんどんは
 しなくていいんだよ。

 他のことが忙しすぎる。


まずは、
秦綾周の動向からだ。
瑞月はたける君に任せてね。
拓也は
そう考えていた。


画像はwithニャンコさん作成の