この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




マンションの駐車場は
地下にある。
1フロア6室の10階建て
その9階までの全室が
鷲羽の衆一色で埋まっている。


駐車場に入った瞬間から
瑞月は堅牢な城に守られる。


〝あと30分で着く。〟

プツッ……。


ま、
大事なのはそこだけだよね。
無愛想な兄に寛容な拓也だった。



西原は
もう
下に詰めているだろう。
拓也はPCの画面に〝秦綾周〟の名を確かめ
それを閉じて立ち上がった。




ドアを開け
通路の低い壁に寄りかかり
会館まで続く道路を見下ろす。

道路の向こうは
葉桜となった桜並木が続く。
その名を道にも駅にも冠する公園は
この街を象徴する川の流れに沿って細長い。

川面に映る街の景観が
流れる水の美しさを感じさせる。


桜が美しかった。
新緑の今も美しい。





〝拓也さん
 大好き!〟

もちろん
俺も
大好きだよ、瑞月。

あと少しで
君に会える…………。




秦綾周。
その長身と造り物めいた美貌。
現実主義者の武藤だが
その顔に浮かんだ笑みには
何とも言えぬ違和感を感じたものだ。


声も
視線も
まるで生きた蛇が絡み付いてくるような
ねっとりしたものがあった。


そして、
それは瑞月を狙っていた。




 きゃー
 あはははは…………。


甲高い子どもの笑い声。
武藤は
我に返る。




 そうだ
 日曜日だったな



公園は
休日の最後を惜しむ家族連れが
そろそろ引き上げにかかる頃合いだった。



斜陽が川向こうのビルを輝かせ
秦の幻は溶けて消えた。



ともかく
今は
あちらさんもホテルの中だ。
御大がふわふわ出歩きはしないだろう。



セレモニーに現れる。
そして、
こちらもそれは拒めない。




鷲羽財団総帥補佐、
武藤拓也は、
そこに苛立つことは
既に自ら封じていた。



自らが作り出したうねりは
まさに龍となって大海に出ていこうとしている。

その龍頭は海斗だが、
その心臓は拓也だった。



 心臓が不整脈じゃあね

拓也は
肩をすくめ
そう思い定めたのだ。




どうにもならぬことは、
はっきりしていた。




花月は、
公明正大、
立派な公益法人だった。

その支援の申し入れを拒むことは
扱われ方次第では
鷲羽のネットワーク自体に不審を招く。



そして、
花月のトップ三枝憲明は、
三枝憲正の長男だ。

このネットワークに参加する事業のほとんどが恩恵を得る支援金は
三枝憲正の尽力に成るものだ。



急な申し入れだからといって
ネットワークそのものとは関係のない
いわば
公的な箔をつけるに役立つチャリティーによる支援に
支障はない。



断れないものは断れない。
それならば、
迎え入れ、
堂々とお相手するしか道はない。



拓也は
海斗に報告する前に
腹を決めていた。





ぼんやり
子供達の姿を眺めながら
拓也は思う。


 兄さんも同じだな
 あとは……瑞月か。




瑞月に
それを予告しておくべきなのか。
ちら
頭を掠めたが
それは拓也の決めることではなかった。



 あれだな

こちらに近づいてくる車の流れに
いつもの黒い車と
淡いグレーの車が見える。




9階の通路には
拓也の他に
さりげなく二人ほどの男が
立ち話をしていた。


拓也もさりげなく
その脇を抜けていく。



 ここは、
 知られているだろう。

 こんなさりげなさは
 猿芝居だ。
 だが、
 お相手するのは闇に限りたい。


世間の好奇の目を避けておくには
必要な気遣いだ。



武藤は
地下へと続くエレベーターのボタンを押した。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。




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