この小品は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




カップには
ホットミルク

グラスには
ブランデー


暖炉は
火を入れていた。


その火影が瑞月の頬に髪に揺れる。


ころん
敷物に寝そべる姿は
豹のしなやかさを備え始めた。



ニャー……。

黒猫が階段の下の闇から
すうっと抜け出る。



ソファにかけ
ブランデーの薫りを楽しむ風情の男の横で
くりっと
その金色の眸は振り返る。



その眸を平然と受け流す男に
フフン
言わんばかりに
その尻尾が天井を指して震える。



ニャァーァ



欠伸とも
背伸びともつかぬ
傍若無人な感想を露にして
黒猫は
また
振り返る。



男は
ブランデーを口に運び
その手にある本のページを繰る。


黒猫は
ぴん
立てた尻尾をくるんと回し
男の脚を叩く。



これ見よがしに黒猫は暖炉に進む。



「あっ
 黒ちゃん!」


男の伏せた目の端に
豹の風情をかなぐり捨て
きゃっ
起き上がり
黒を抱き締めて歓迎する少年が見える。



ひざは
揃ってる。

お尻は
ぺたんと敷物についている。



なかなかの美猫の黒い頭の上に
真っ白のセーターの毛皮に
白磁の肌の仔猫が
その仕草も愛らしく微笑む。



それを目で貪りながら
男は
静かに待つ。



「あのね、
 このお話ね、
 不思議な男の子が
 出てくるんだよ。」



〝どっどど どどうど
 どどうど どどう〟


ぺたん
お尻をついたまま
絵本を広げ
少年は
えへん!
読み上げた。



「おもしろいよね
 これ
 風の音だよね」


〝どっどど どどうど
 どどうど どどう〟


愛らしい声に
その風は
誇らしげに屋敷を駆け巡る。



暖かな洋館。
その屋根の上を
風の又三郎が渡っていく。



真っ白な仔猫は
巫のしなやかさを秘めて
こんなにも愛らしく風を召喚する。



黒猫と見詰め合い
童話を読み上げる恋人は
男を置き去りにまあるい空気の泡に包まれる。




恋人は風や水や木々に心を寄せる。
同化して透き通る。
その言葉を
少年は聴くのだ。



男は
一階に時を告げる柱時計を
見上げた。


「瑞月、
 もうやすもう。

 風呂を済ませておいで」


もう
呼び戻さねば。
寝かしつけるまでの甘い時間も
恋人は求める。


「うん!」

ぴょん
少年は立ち上がる。





何心なく寝そべれば
豹のしなやかさに
男を誘うが
動き出せば無邪気な所作に
仔猫のまま。



まだまだ幼く
もどかしいほど男の焦れに
気づかない恋人だった。


湯に向かう少年を見送り
男は
ほう
息をつく。



〝それが嬉しいくせに〟

頭に響く声に
徐に目を上げれば
黒猫の金色の眸と目が合う。



男は
静かに目を伏せ
本のページを繰る。



嬉しいかどうかなど関係ない。
ただ
愛しているだけだ。
男は
そう思っていた。



画像はwithニャンコさん作成の