この小品は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。
黒猫が
のっそりと立ち上がり
窓辺の小卓に飛び上がる。
少年が
ぱっ
と
立ち上がりカーテンの影から覗く。
静かに車が横付けされ
長身の影が下り立った。
「……ねぇ、
どう思う?」
少年は
黒猫を抱き上げ
そっと尋ねる。
黒猫は
応えない。
ただ
見詰める。
玄関が開く音は
そっと気遣わし気だ。
黒猫をぎゅっと抱いたまま
少年は
その音に耳を澄ます。
もう音はしない。
男は
足音を立てたりしないのだ。
聞こえぬ音に
耳を澄ませば
見えてくるものがある。
目を閉じると
それは
もっとはっきり見える。
長身の男は
黒いスーツを纏っている。
動きはあくまでゆったりとしている。
その髪は
今は
はらり
と
額にかかっている。
端正な顔立ち
その眸の色は変わる。
今は優しい
きっと優しい
近づいてくる
きっとここに来る
だって…………約束した。
コンコン
小さくノックが響く。
待ち望んだ音。
でも
少年は動かない
ニャー…………。
黒猫が鳴く。
「だって……。」
少年が応える。
黒猫は
その腕から抜け
床に下りた。
ヒタッ……。
猫の脚が床について
ひそやかな音を立てる。
ドアの向こうに
気配は止まる。
カチャッ……。
ドアが開く。
少年はいない。
男は止まる。
ニャー……。
「……ああ
わかってる。」
男は
黒猫に応える。
黒猫は
そっと潜りを抜けて
部屋を出た。
パタリ……。
猫の潜り戸が閉まる音が
部屋の空気を
優しく甘く変える。
男は
そっと窓辺に向かう。
カーテンが
こそっ
と
揺れた。
「すまなかった。」
カーテンに白い指がかかる。
細い指が
開けようか迷うように
そっと覗いて
男を待つ。
静かに
男はカーテンに寄り添う。
そっとその指が握られた。
「もう
遅れない。
すまなかった。」
するっ
と
もう一方の手が伸びて
男の首に巻かれた。
男は
そっと
カーテンから
己の宝を取り出す。
抱き上げて
頬擦りして
男は
繰り返す。
「すまなかった
許してくれ」
こくん
と
小さな頭が頷くと
男は宝物をその部屋から盗み出す。
子供部屋から盗み出す。
秋の夜長は
始まったばかり
だから
盗人には時間がある。
たっぷりと
時間がある。
「あのね…………待ってたの。」
「俺もだ。」
少年は男の眸を見上げる。
やっぱり優しい。
でも
優しくて…………怖い。
怖くて……ドキドキする。
寝室のドアは開かれる。
〝今夜は長いよ
待たせた分だけ長い〟
男は
優しく囁いた。
月は中天にあった。
冴え冴えと
月光は明るい。
絡み合う肢体は
甘い吐息にもつれ
ためらった白い指先が
微かな震えに
悦びを滴らせてシーツを掴む
ひそと封じていた声は
甘い喘ぎに
寝室を満たす。
〝待たせた
すまない〟
男は
優しく囁く。
寝台は月光に浮かび
秋の夜長は更けていく。
長い長い夜。
恋人たちは長く甘い仲直りに夜を過ごす。
画像はwithニャンコさん作成の
瑞月人形です。