この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





会館地下は
会議室が並んでいる。

武藤拓也は、
セレモニーを控え、
鷲羽のネットワークに乗せて発信する
復興企業との打ち合わせを
ここで繰り返していた。




今日は、
当日の招待客の席次と手順を
各団体の担当者に提示する。


すっかり身に付いたダークスーツは
鷲羽財団総帥補佐に相応しい落ち着きを
武藤に与えていた。
一人一人と握手して迎えながら、
武藤は今日の狙いを考えていた。




拓也が作り上げ
披露しようとしているのは、
よみがえったみちのくの物産の販売ルートの確立だ。

同時に、
今後の公的支援とそこから上がる収益の地域還元のサイクルの誕生を広く告知する。



既に4月を前に
その販売ルートに参入する事業は
説得を終えていた。

一番の気掛かりであった
資金援助の安定は
三枝憲正の助力により公的支援が得られ
〝つくる〟は知っていても
〝経理〟に疎い実直な人々は
ほっと息をついていた。



協賛いただいた団体を集めた
この会議には
作業着姿に節くれだった手の持ち主たちの姿はない。


三日に始まる物産展に
自慢の品々を間に合わせようと
最後の追い込みにかかっている。




その品質は
春のイベントに招待した企業に
直に確かめてもらっていた。
今迎えているメンバーは
3月の物産展の客である。



まず品質を知ってもらう。
そこから
武藤の説得は始まった。



各地のデパートに
販売コーナーを設置する契約は
着々と進んでいる。


 頼もしい企業戦士ばかりだな

その契約内容もだが、
彼らが次々と提示する具体的な構想に
武藤は思う。

男女を問わず
ピシッ
スーツに身を固めた黒い団体が
会議室に居並ぶ。




そして、
席次だ。
武藤は既に席に配布済みの資料を前にした一同を眺めた。




セレモニーには
これからの鷲羽ネットワークに関わる各界の公人を招いている。



主賓は三枝憲正。
考えるまでもなく、
また
この会議に入る必要もない大物だ。


公的支援を提案し通した立役者である。
彼は孫娘を同伴し、
その後の三日間GW後半を
休暇としてここで過ごすことになっている。




コーナーを設けるデパート各社
流通を引き受ける配送会社
広報代理店
そこには鷲羽グループを越えて
趣旨に賛同する各社が集まっていた。
そこに序列をつけるつもりは
武藤にはなかった。



さあ
行こう。

息を吸う。



「皆様、
 お集まりいただきありがとうございます。
 お手元の資料をご覧ください。」


武藤は
一渡り面々を見回した。
担当する彼らにも
その後ろに存在する各社の要人とも
繰り返し膝を突き合わせて語ってきた。


だが、
彼ら同士が一同に会するのは
初めてのことだった。



サラサラ
紙を捲る微かな音と
しばしの沈黙。




クスリ
小さく笑いが洩れる。
互いに目を上げ、
互いの笑顔に〝武藤拓也〟を見て
また笑う。


その場は
武藤拓也という
無邪気な顔で切り込んできて
いつのまにやら
その気にさせてくれた曲者に一つになっていた。



 ほんとに〝武藤拓也〟なんだから。



「社長の顔を見るのが
 楽しみです。
 武藤さんだなって笑いますよ。」

企業名が〝ワ〟で始まり、
集まった中で第一の資金力を誇る社の担当が
口を開いた。


「ありがとうございます。
 ここに集まっていただいた皆様は
 どなたも
 東北で頑張る方々の意気に感じて
 ご協賛くださった同志です。

 共に進んでくださること
 感謝申し上げます。」


見事に五十音順に並んだ席次に
目くじらを立てる者はいなかった。




ただ
一人ぼんやりと微笑む男が
異質と言えば異質だった。


三枝憲明だ。


三枝憲正の長男。
綾子の父である。




急遽、
申し入れがあったのは、
つい三日ほど前のことだ。

それは、
一本の電話だった。
三枝の名前が無ければ
このセレモニーに招くことは考えられない唐突さだった。


参加は
三枝の名前ではない。
三枝憲明は自身が関わる芸術方面の支援活動を
一つの名前に結んだばかりだった。


〝花月〟

その経営する美術館も
コンサートホールも
今は
看板に〝KAGETU〟を下に彫り込んでいる。


そもそも流通ルートに関わらぬ団体であるが、
チャリティー活動を通じて支援したいとの申し入れを
無下に断るわけにはいかなかった。


そして、
今日の会に
憲明本人が現れた。
何とも言えぬ違和感があった。



和やかな中に
当日の流れを説明し
武藤は後を集まった面々の顔合わせに
譲った。


憲明は
ポツン
座っている。



「三枝様、
 チャリティー活動のお申し入れ、
 感謝申し上げます。

 総帥補佐を務める武藤拓也と申します。」

武藤は
深く礼をし
にこやかに話しかけた。

確かに本人であることは、
既に警護を通じて
その顔認証に確かめてある。


ぼんやりと
三枝は
顔を向ける。


「武藤様
 お受けいただき
 感謝いたします。

 三枝も
 思い立つと行動に移さずにいられぬところがございまして
 急な話となりました。

 お許しください。」


脇に
控えた若い女が
引き取るように応えた。

くっきりした目元に
きちんと纏めた黒髪が艶やかだ。


「いえ、
 とんでもございません。
 ご支援に感謝するばかりです。

 しかもご自身で足をお運びくださるとは、
 恐縮いたしております。」



むしろ、
それは異様だ。
武藤は咲に確認した三枝憲正の言葉を
思い出していた。


〝憲明が決めたことは確かだ。
 だが……唐突だったな。
 綾子は喜んでいる。〟


憲明の目が
突然ぱっちりと焦点を結び
武藤はぎょっとした。




「セレモニーには
 出席できないのですよ。
 残念です。
 代わりに花月を代表する者として
 恥ずかしくない者をと
 今人選しております。

 どうか
 今後ともよろしくお願い致します。」


声は
ひどく穏やかで
その眸は逆に光が強すぎる。



 まるでロボットが話しているようだ


漠然とそんな印象が頭を掠める。
武藤は
女の顔を見返した。


「では、
 これで失礼致します。
 三枝は
 こちらで催される花月の会に参る予定がございまして。」


女は頭を下げ
憲明を促した。


「では」

ロボットは立ち上がり
女を従えて
ドアに向かう。



 これは
 海斗さんに報告だな
 


断りようもない参加に
武藤はそう思いながら見送った。


そして考える。


異様なこと
そして
表向き防げないこと
それは
正体の分からぬものを相手にしている今、
数少ない目に見える兆しとも考えられる。



考えすぎかもしれない。
それでも
その花月の代表として現れる人物に
用心は必要だ。



するり
ドアを抜けていく二人をにこやかに見送る武藤の目に
その開いたドアに目を見張る会館職員が映った。


どうしよう
いうようにこちらを覗き込む若い女性職員は
三枝憲明に付き添う女の美貌はないが
誠実な色の目をしていた。


紺色のお仕着せを着た彼女には目もくれず
女はドアを閉めた。



少し考えて
武藤はドアに向かった。
開けてみると
女性職員はまだそこにいた。

ほっとしたように
武藤を見上げる。


もう二人は
だいぶ離れていた。
その後ろ姿を確認し
武藤は彼女に向き合った。



 えっと
 大卒一年目??


「何か
 ご用ですか?」

武藤は優しく尋ねた。




まだお仕着せがお仕着せのまま
身に付いていない。
小柄な体が
〝鷲羽財団総帥補佐〟に緊張して
固まっていた。




「あの、
 鷲羽の方にお会いしたいって
 来た方がおられました。

 あの、
 許可もいただかずにお答えできないって
 お答えしました。

 そうしましたら、
 あの
 連絡先だけでもって
 これを押し付けられて……。」


こんなことを取り次いでよいか
その自信もないのだろう。
つっかえながら
一生懸命話す。



 手に握り締めているのが
 その連絡先かな


武藤は
思いきり優しく微笑んだ。


「悪い人とは
 思えなかった。
 違いますか?」


その新人らしき女性職員は
ぱっと
頬を赤らめた。


武藤拓也は
整った顔立ちでもあったが
その話術というか
心を受け止める術に
一番の魅力がある男だった。


「はい!

 おじいさんで、
 とても優しそうで…………。

 それで、
 あの、
 鷲羽に知り合いの方がいるはずなんだって、
 お会いしたいんだって
 心配なことがあって
 どうしてもお会いしたいんだって……。」


せき込んで話す言葉は
止まりそうにない。



「わかりました。」

武藤は
優しくそれを止めた。
時間は無制限ではない。



「いただきます。」

そうして
彼女に
手を差し出す。



ちょっと
惜しむように
彼女は
その紙を渡した。


「ありがとう」

武藤は
最後にもう一度笑顔をサービスして
ドアを閉じた。


あちこちで展開される名刺交換を見やり
武藤は紙に目を落とした。

作田保夫
という名前に
Bar Pieta
そして携帯番号が書かれていた。



Bar Pieta ………………。
何だろう。



武藤拓也は紙をポケットに突っ込み
自分に力を貸してくれる仲間に声をかけに
戻っていった。


総帥到着は五時過ぎだろう。
できることを
しっかり進めておく。
武藤補佐は忙しかった。



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