この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





級長の政五郎の号令に
高遠豪は、
びしっと背筋を伸ばした。



瑞月は
満面の笑顔で入ってきた。
繋いだ手は
先生の杖のつもりかな。

高遠は
この三週間
練習でしか会えずにきた瑞月の姿を
眩しく見つめていた。


 ああ
 やっぱり
 明るい色は可愛いな。
 優しい色
 ふんわり包むデザイン
 教室のお前は
 こんなに明るかったっけ。


練習着も似合うけど………。
高遠が自分の手を離れていく瑞月を
切々と感じる三週間でもあった。



瑞月は
練習が終わると洋館に帰っていった。
海斗さんがいない洋館へ。
にこっと笑って元気に手を振って。



また明日ね
たけちゃん

また明日

また明日

明日は必ずやってきて
瑞月は言った。

〝たけちゃん
 おはよう!〟


少し切なくて
そして
どきどきした。
その後ろ姿にどきどきした。
その朝の笑顔にどきどきした。




瑞月に海斗を感じて
どきどきした。




鷲羽海斗の姿を見ることはなく、
そして、
これほど鷲羽海斗の存在を感じたことはなかった。



海斗がいなければ萎れ
海斗が戻れば花開く。
それはそれで切実にその男を感じさせるものだったが、
そこに
〝鷲羽海斗〟はいなかった。


ただ
瑞月に切実に必要な存在
というにすぎなかった。


当たり前に
洋館に帰っていく瑞月に
海斗は浮かんだ。


瑞月が待っていてあげなくてはいけない人が
そこにいた。
少し寂しがり屋で、
とても瑞月を必要とする人だ。



新しい日常に
瑞月は
愛を知る人となって
高遠の目に眩しかった。





〝ショー
 頑張ってこい。
 
 とても意味のあることだ。
 なかなかないチャンスだと思うぞ。〟

夕べの父の声が
高遠の耳によみがえる。


幼い頃から馴染んだ好物が
母の〝おかえり〟に美味しい食卓で
父は静かに言った。



〝ありがとう
 俺もそう思ってる。
 とても頑張ってる人たちに会ったんだ。
 みちのく紙も
 美味しいチーズも
 俺は守りたい。
 
 頑張らなきゃ。〟


高遠は
明るく笑った。
それは、
本当に心から思うことだった。


他に
山ほどの準備が
瑞月を守るためにされていた。
が、
それほどの危険を冒しても
するべきことは
そこにあった。


だからこそ、
そこで勝負する。
そこを見失っては
そこに行く意味はない。


カラッと揚げられた天ぷらを
ぱくつきながら
高遠豪は
改めて明日の出発を思っていた。



息子の食欲に安心したように
母は微笑んで
お代わりを
いそいそとよそった。


父が
ふっと
微笑んで話し出す。



息子は
会うごとに大人びてきた。
そして、
会うごとにどこか寂しげになってきた。


 上を見てごらん
 父は
 いるよ

とでもいうように
その声は温かかった。

 

〝豪、
 人の守り方は
 一つじゃない。

 形は様々だ。

 ただ
 守るのに欠かせないものは同じだ。〟



静かな声は
息子の急ぎすぎた成長を
温かく包み込むようだった。


〝大切に思うこと。
 人を大切に思うことが
 人を守る。

 豪、
 ショーの話をするお前が
 眩しく感じたよ。

 
 大きくなったな。
 瑞月君を守ることで
 大きくなった。

 お前は
 本当に大した奴だ。〟



ありがとう
父さん



高遠豪は
そう心に呟きながら
久しぶりの私服の瑞月を
見つめた。




三週間ぶりだ。
マサさんはいる。
だいじょうぶ。
だいじょうぶだけど………。

大事なのは瑞月、
お前だよ。

みんな、
とっても待っていたんだ。
瑞月………。

高遠の微かな不安を余所に
瑞月は
ふわりと礼をしていた。


みんなが
すうっと息を吸う。




「おはようございます!」

教室は
ピリッと引き締まる。


「着席!」


ざっ
大人クラスの面々が席に着いた。


「さあ
 天宮君」

水澤教諭が瑞月を促した。



キラキラと目を輝かせ
瑞月が
真ん中に立つ。


どんなに嬉しそうか
言葉では
表現できないな


高遠は思う。


眸は輝く。


〝ぼく
 戻ってきたよ

 ぼく
 帰ってきたよ

 嬉しい

 嬉しい!

 嬉しい!!〟


待ち受ける大人たちから
第一声が飛んだ。



「お帰り
 瑞月ちゃん!」

アキさんだった。

先週には
〝もう
 戻って来ないかもね〟
ぽつん………と口にして

〝待っててやんな。
 あの子は
 ちゃーんと帰ってくる。〟
マサさんに肩を叩かれたアキさんが
涙声で
キラキラ輝く瑞月の笑顔を
見つめていた。



大人クラスは
自分達が守った天使が
ここにいたことが
夢だったように感じていたところだった。


〝ちゃんと来ますよ。
 だいじょうぶ〟
そんな言葉も
その
 〝夢だったんだよね………。〟
沈む思いは
打ち消せずにいた。


 危なかったもんね

 もっと
 ちゃんとしたとこじゃなきゃ………。

 
頭を上げて生きている面々だったが、
それぞれが理由有りの脛に傷をもつ大人クラスだ。

毎日を倹しく暮らすかつかつの生活に
喘いでもいた。


 ああ
 夢みたいだった………。


そう寂しく感じていたのだ。




「お帰り
 瑞月ちゃんや

 嬉しいかい?」

マサさんが
誘うように瑞月に笑いかける。



瑞月は弾ける笑顔を返し、
それから
一生懸命
皆を見回した。

「皆さん
 この間は
 ほんとにありがとうございました!!」


ぺこり
瑞月は頭を下げる。


いつも見慣れているからだろう。
90度に
頭は下がる。

そして
顔が上がった。

うふっ
もう口許に笑みが溢れる。


「ぼく
 戻ってこれて
 すごく嬉しいです!


みんなが
席から飛び立つように立ち上がる。


天使がクラスに帰ってきた。

瑞月は
どっと囲まれて
教卓の
前は
まるであの日さながらに
祭りの中にあった。


かっちゃん、
渡邉は
おずおずと瑞月の手を取る。

「うれしいです
 ここで
 あえてうれしいです」

まだアクセントは怪しいが
しっかり
ゆっくり言葉は口から押し出された。


「かっちゃん
 ありがとう!」

瑞月がかっちゃんに抱きつく。



高遠は
瑞月が蝶々のように皆の間を舞うのを
静かに眺めていた。


 よかった
 もう
 ここはお前の場だ


嬉しそうに
自分を見返る瑞月に手を振り返す。

そうすると
嬉しそうに蝶々は
また
ひらひらと舞っていく。


〝大切に思うこと
 人を大切に思うこと〟

それは、
今、
瑞月に結晶して明るく教室を照らす。


一人を思うことが
みんなを思うことに繋がる。


高遠豪は
また羽化を重ねた瑞月を
ただ見つめる。

美しかった
また美しくなった


どこまで羽化は続くのだろう。
眩暈にも似た思いが
高遠を満たしていた。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。



人気ブログランキングへ