この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




教室に向かう瑞月を
水澤教諭は
そっと窺う。


足取りに弾みがある。

掴んで歩き出したその手は
いつのまにやら
愛らしくきゅっと水澤の手を握って引っ張っている。



「足取りに迷いがない。
 早く行きたいんだね。」

声をかける。


「はい!」

声がゴム毬だ。
心なしか
足取りが速まる。

「ぼく、
 本当に教室に来たかったんです。」


水澤は、
少し声に驚きを加味してみる。

「怖くなかったかい?

 ここで
 西原さんは薬を打たれ
 君は危うく誘拐されるところだったんだよ。」


スピードは少し落ちる。
が、
歩みのリズムは明るく落ち着いている。
考える分、
少しゆっくりになったかな。
水澤は思う。


「ぼく、
 拐われてはいけないんです。
 だから、
 準備ができていなかったら
 動くわけにかなくて………。

 それは
 仕方ないなって思いました。」


これは、
一生懸命
言葉を選んで話している。
自分に言い聞かせているのか。


「怖くはなかったんだね。」

水澤は確かめる。

足取りは
また少し早くなった。


「怖くないです。
 準備してくれるトムさんや
 伊東さんがいます。

 それに、
 海斗がついてきてます。
 海斗って
 すごく強いんです。

 ばたばたって
 悪い人たちをやっつけちゃうんですよ。」


水澤は切り込んでみた。

「闇はどうだい?
 伊東さんも
 西原さんも病院に運ばれた。」

いかにも心配げな声に
闇の脅威を滲ませてみる。


うふっ………。

 そうして、
 君は笑うのか。


握られた手の温もりには
不安の色はない。


「それは、
 ぼくが頑張ります!
 
 ぼく海斗を守るんです!」


声は
ただただ明るかった。

どうだろう。
これは
巫の変容なんだろうか。



水澤は断片的な夢を辿る。




見えない目に
夢に見た巫が浮かぶ。


人の域を外れた美の枷。
それは、
もはや華奢な体に負いかねる重い枷ともなる刻印だった。



天は、
勾玉の主に
〝選ばれし者〟を刻むのかもしれない。
それがために
巫は醜いアヒルの子となる。



瑞月が
同じ枷に苦しんだことは
その最初の出会いに印象的だった。


怯えた悲鳴。
欲望に蹂躙された記憶が
瑞月をすくませていた。

〝ぼく
 怖い目にあったことがあって
 人に触られるのが
 苦手で………。〟




水澤の夢に浮かぶ巫は
激しく男たちを叩き伏せていた。
禍々しいほどに
巫は強かった。



ただ倒すだけではない。
自分を嘗め回すように見た目玉をくり貫き
自分の裸身を思い描いた頭を
卵の殻を潰すように
足元に踏み潰したとして悔いない。


………そんな徹底した嫌悪が
逆に
その心に潜む恐怖を感じさせた。





 同じ魂の裏表だ………。


水澤は
そう
感じていた。


穢れた欲望に
この魂は怯える。



長は
鷲羽海斗は
この魂を受け入れて満たした。
それは、
出会ったときに既に確立していた。


だが、
この足取り。


これは、
まだ
なかった。


しなやかな竹となった………。
何が君を変えたのだろう。


「わー
 〝大人クラス寄り合い所〟!
 懐かしい!!」

明るい声が響く。



ガラリ………。

教室の戸は開いた。

「起立!」
ガタガタッ
ああ教室の風だ。


水澤は
横に瑞月を引き付けたまま
教卓に向かった。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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