この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




後部座席のドアは開く。
ぴょん
黒猫が飛び降りて
悠然と歩き出した。


「待って
 黒ちゃん!」

ふんわり可愛い仔猫、
もといニットのほっそりした姿が続き、
黒いスーツの長身がその腰を抱き止める。






伊東が
黒を追い
エレベーターの前で抱き上げる。


そして、
エレベーターが開き、

「水澤先生!」と伊東が驚き、
ニャー
と黒は鳴く。


白杖を手に空間を探り
水澤教諭が
エレベーターから降り立った。



「ああ伊東さん
 おはようございます。」

水澤の声は明るい。


猫を抱いた実直な警護と
不屈の盲目の教師は
尋常に頭を下げる。


「先生!」
小走りに駆け寄った瑞月は
その手を握る。

水澤は
瑞月の手をそっと撫でながら
見えない目をしっかりと瑞月の顔にあてる。

「おはようございます。
 天宮君。」

「おはようございます。」

水澤は次いで
瑞月の後ろに目をやった。


「おはようございます。」

海斗が静かに頭を下げる。
海斗の声は深く聞く者に染み入る。

海斗の声を
水澤は
改めて確かめるように
目を閉じて聞く。

そして、
しっかりと
目を開いた。



「おはようございます、
 鷲羽さん。」

深水として
古代を生きた記憶をもつ水澤は、
海斗の声に長を感じる。

長に決定の全ては委ねねばならない。
それが
鷲羽では肝心なことだった。

水澤は
海斗に向かってありのままに話すと
決めた。



「鷲羽さん
 お迎えに降りてきました。
 朝というのに
 夢とも思える声を聞きましてね。」

ニャー………。
ニャーニャー………。

伊東の腕の中で
黒が騒がしい。

「女性の声で
 〝ちょっと
  駐車場まで来てくれない?
  中に入れてほしいのよ。〟」

水澤は
言葉を切った。

「どうですか?
 何か思い当たりますでしょうか?」



海斗は
黒を見つめ
伊東も
黒を見下ろした。


「わかりました。
 それは、
 黒でしょう。

 その猫です。」


咳払いして
海斗は応えた。


長の声に敏感な深水である水澤は
ん?
眉を上げる。


「この猫に間違いないようですね。
 たいそう気の強い淑女で
 いらっしゃる。」

水澤の手が伸び、
黒の頭に乗せられた。



水澤が
びくっ
手を引く。


海斗と伊東が水澤を見つめ、
今度は水澤が咳払いした。


「お迎えします。
 黒さんも
 もちろんご一行として
 中に入っていただきましょう。

 ただ………学校ですので、
 猫用のトイレがありません。
 黒さん、
 トイレの方は………。」


水澤の見えない視線は伊東を向き
海斗の視線も伊東を向く。


「あっ、
 私が世話をするつもりでした。
 最初は段ボールに………新聞紙でどうかと。
 構わないですかね………。」


そして、
男三人の目は黒に向く。



黒は大あくびをした。
ごそごそっと
伊東の腕を抜け出そうとする。

伊東は
思わず力を緩め
黒は
スタッと床に飛び降りた。


瑞月が
嬉しそうに屈むと
その手に頭を擦り付ける。

瑞月は
黒を抱き上げ
尋ねた。

「黒ちゃん
 おトイレだいじょうぶ?」


あまりに当たり前に聞くので
男たちは言葉がない。



初夏に向かう季節を映したモスグリーンが
その白い肌によく映える。
黒を覗き込む眸は
生き生きと楽しそうに輝いている。

受ける黒は金茶色の瞳に
どっしりと落ち着きがある。

艶のある黒に全身を包むしなやかな体は
その尻尾の先まで優雅で、
トイレなどということを聞いていいのか
迷わせる。


「黒ちゃん、
 今はトイレなくて平気だって。

 したくなったら
 お屋敷帰るから気にするなって。」


なるほど。
お屋敷帰るのか………。
男たちは思う。

 それなら
 何も
 今から現れなくても………。


〝ニャー
 ニャー〟

黒が鳴き、
男たちはびくっとする。


「学校来たかったんだって。
 水澤先生とかっちゃんには
 ちゃんと
 挨拶しとかなきゃならないからって。」

瑞月が
あっけらかんと言う。


巫とお使いは
そのたいそう美しい眸と瞳を
男たちに向ける。


分からない
分からないことが多すぎる


男たちは
守るべき巫の羽化を繰り返す様にも
その眸に映るものの様々にも
翻弄されるばかりだった。


だが、
分かっていることもある。


巫はそのものの魂を
本質を
ただ感じとる。

その真実を受け止め
巫をまるごと抱き止めることが
鷲羽を導く長の務めだ。


「わかった。
 では、
 先生、
 黒も連れて入ります。
 警護の部屋に置かせてください。

 よろしくお願い致します。」


海斗が口を開いた。
瑞月が嬉しそうに笑い、
伊東はエレベーターのボタンを押す。

水澤は
すっと瑞月に手を伸べ
瑞月は黒を抱いたまま水澤に寄り添う。

「校長に
 許可をいただかなくてはね。
 黒さん、
 いいですね。」

水澤は瑞月にとも黒にともなく
しっかりと
言い渡した。


始業時間が迫っていた。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。


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