この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




後部座席に
身を寄せ合う二人には
わずかな時間も
この上なく貴重だった。

互いの息遣い
その心音

それを共にするときが
たがいを強くする。


瑞月はうっとりと囁く。
〝守るよ
 ぼく
 海斗を守る〟

繰り返し囁く。



海斗は応える。

〝ああ
 瑞月

 わかった
 わかっている〟

そして囁く。

〝俺はお前を守る
 髪一筋傷つけさせない。〟


優しい車内は、
今日の安らぎを永遠のものにしていた。
伊東の運転は
後部座席に優しい振動しか与えない。
無用な揺れを与えることのない運転技術を
伊東はもっていた。


ゆらっ………。

海斗は
ぐっと右に座席が動くのを感じた。
左に取り残されようとする瑞月の体をしっかりと抱き寄せ、
運転席への回線を開く。



「ど、どうしたの?」

瑞月は
海斗の腕の力に驚く。



「申し訳ありません。
 ちょっと
 驚きまして手元がぶれました。」


伊東の声が
すかさず響く。
淀みないのは流石だが
困惑が声に滲む。

「総帥、
 それで、
 あの………運転に
 差し支えるものがありまして………。」

声に危険は匂わず
説明しがたい困惑があった。

海斗の手がパネルに伸び、
運転席との境のパネルが
すーっ
下りる。


車は
ハザードランプを点灯し
路肩に寄せられた。



助手席の脇に
ひょっこりと
黒い小さな頭が覗く。
黒い三角耳がピンと立っている。
金茶色の瞳がキラキラと輝く。


海斗の腕は
思わず
また力が入り、
瑞月はじたばたと手を差し伸べた。


「わー
 黒ちゃん!
 ほんとに追っかけてきてくれたー」

満面の笑顔で
瑞月は
黒を迎える。


ぴょん
後部座席に飛び移る黒に
海斗は
思わず後ずさりたくなったが
こらえた。



黒が
闇に対して強力な助っ人であることは、
既に分かっていた。
だが、
この神出鬼没には
なかなか慣れるものではなかった。



子猫の黒を拾ったときは………絶対こうじゃなかった!!
こうしたときは、
〝いったい何物になった?〟と
海斗は考える。



「今度は心配したよー。
 遅いんだもの。
 一緒に行ってくれるはずなのに。」


瑞月は
可愛い頬を膨らませて
黒を抱き締め
黒は
その頬を嘗めている。





男たちは
巫とお使いの嬉しげなやり取りに置き去りにされ、
なんとも言えないもどかしさを感じていた。



分からない
分からないことだらけだ


鷲羽の不思議は分かっている。
鷲羽は鷲羽だ。
ここに
日の長と月の巫は
光を旗頭に一族を統べている。


が、
その戦士たる男たちは、
ときに
守るべき愛らしい者たちに翻弄される。



〝あなたなんか知らない〟


瑞月は
しなやかに言い放った

黒は闇を見抜き、
瑞月と呼応する………らしい。

そして………。

鷲羽の御老体は、
黒の力も瑞月の巫としての実体も
分かっているように思えてならなかった。




子どもそのままの無邪気が看板の老人は
今回は屋敷に残る。


「突然
 膝の上に現れました。

 現れるだろうと
 御前には
 ご注意いただいていたのですが、
 不覚でした。」


伊東も同じだな。
その声を聞きながら
海斗は思う。


俺たちは
やきもきする。
必死に守ろうとする。


その俺たちには分からない
どこかふわふわした者たちの見せる
不思議な強さとしなやかさ。



ニャー………。


黒の鳴き声が
忌々しいほどに長閑に聞こえる。


「伊東
 この車に
 黒の石はあるのか?」

海斗は尋ねた。

たぶん
それがポイントの一つだ。
そう思った。



「はい
 瑞月さんの衣装と一緒に
 トランクに積んでいます。」

伊東は答えた。
伊東も
また
その石の意味を思っていた。



クスリ
伊東が笑いをもらし、
海斗も口許が緩む。


「黒ちゃん
 ホテルに入れる?」

瑞月が
心配そうに
海斗を見上げた。


こいつは入れるかどうかを気にする玉ではない。
そう言いたくなったが
これもこらえる。

「伊東
 一応話を通しておいてくれ。」

「だいじょうぶです。
 天宮補佐が
 もうお話されています。
 〝黒さんは
  自分であちらに行かれるでしょう〟
 と
 仰有っていました。」


黒が
ぱたぱたと尻尾を動かす。

「ほんと?
 咲お母さん
 ありがとう!」

可愛いものが可愛くないものを
可愛らしく抱っこする。
黒は満足気にゴロゴロと喉を鳴らしている。




黒が現れてほっとした。
それは本当だ。


分からぬことばかりの警護の中、
分かることの一つが
黒は闇に対して力強い味方だということだった。


ただ………もう少し
分からぬ者たちに優しい現れ方をしてほしい。
それは、
海斗と伊東の正直な感想だった。



「伊東
 とりあえず
 学校だ。

 すまないが、
 黒はお前に頼む。」


海斗は
ほんの少し前までの瑞月との甘い時間を切なく思い出しながら
現実に戻った。


黒は同行する。
次の同行者は
これから合流する。


そして、
瑞月の担任は水澤先生だ。
出陣前だろうが、
学びは学び。


自分も参加する今日の授業に集中しなければ
この先はない。


「では、
 参ります。」

伊東は
車を発進させた。
境のパネルは
黒を後部座席に残し再び上がる。



「教室はダメだよね。」

残念そうに瑞月が黒を撫でる。


「そうだな。」

優しく応じながら
海斗は心中ほっとする。
ほっとするが、
己に戒める。



鷲羽の長となり、
巫を伴侶とするならば、
猫が空中から現れようが消えようが
それは日常のことだ。


怪異も何も関係ない。
胸の勾玉は
その務めを映して輝く。

巫をまるごと受け止めて愛していくことが
己が望み
己に課された務めだ。


車は駐車場に滑り込む。
学校の時間の始まりだった。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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