この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




もうGW前半戦だ。
長閑に過ごしたいものだが
騒ぎは起きた。

嫌な気分だ。
事故だろうか。


作田博警部補は
署に戻る車中で心中に呟いていた。



ガキの頃から
色々と
俺たちを騒がせてきたが、
それなりに半端ながらも勤めには就いて
しばらく御無沙汰だった連中が
まとまって発見された。


アパートの一室で
皆冷たくなって

久しぶりに
パーティーでもしたんだろうか。
外傷はなかった。
たっぷり見つかったのは薬物だ。

馬にでも嗅がせるのか
という量だった。

全員瞳孔は開き切って
なんだか
ひどく驚いたような顔をしていた。

事件性はあるさ。
薬物だ。


だが、
強制的に摂取させられた形跡はない。
しかも全員
薬物では挙げられた過去がある。


救急車に乗せて運んでもらった。

〝止められなかったんだなぁ………。〟

見送る仲間からは
そんな声が洩れた。



死に顔が何とも引っ掛かる。
全員が何かに驚き
その一瞬で
全員が命を落とす………。

それが
薬物による死で
起き得るんだろうか。

事故だろうか。


その疑問が
頭に張り付いて
作田は何とも気分が悪かった。




「作田さーん
 署長が探してましたよ。」


どこまで行ってもついていないものらしい。

もう退職も目の前というところだが、
キャリア崩れの愚痴っぽい上司の面倒も
見なければならない。
作田は、
何らかの面倒が生じたときには
必ずその後始末を押し付けられる。


今度は何だろう。


また上からお客様でも迎える羽目になったんだろうか。
キャリアの配属を承ったり
上からの視察の話を下されたり
その都度
愚痴半分の相談がある。

そもそも日曜日にお出ましとは
珍しいにも程があった。

ろくな話ではないな。
作田はついていない日の仕上げに入った。




「失礼します」

署長の部屋は
通い慣れた場所だった。


ん?
暗い………?
ドアを開けて作田は違和感に戸惑った。


客人は確かにいた。
こちらに向けてにこやかに微笑んでいるのは分かるが………、
その顔が茫漠として掴めない。


長い髪が印象的だった。
それだけは
ひどくはっきりと目に入る。


「作田、
 お前、
 今話題の鷲羽財団総帥を
 知っているか?」


署長が
また
やけに機械的な声を出す。
愚痴っぽくないな………。
もう声に染み付いてる署長らしさが
欠け落ちている。


「はい
 少年の頃ですが
 知っています。」


警察沙汰などと
穏やかでないことは
表沙汰にしたくないことだろう。

とすると、
この客人は鷲羽財団から来た人物だろうか。

「つまり、
 何か警察の世話になることを
 していたということか?」

署長の機械的な声は続く。


「相手がしていました。
 佐賀海斗は
 いつも被害者でした。」

問われたら
作田は答えるしかない。
ありのままを答えた。

最強の被害者だったが
被害者には違いなかった。


「繰り返し
 襲われた………ということですか?」

突然
客人が口を開いた。

署長は
機械人形が動きを止めたように
口を閉じた。
机に手を組んだまま視線すら動かない。


「はい。」

作田は
間を置いて答えた。

どうも
署長を相手にしても
何も事は進みそうになかった。


「なぜでしょう。
 襲われ続ける方にも
 何かあるとは
 お考えになりませんでしたか?」

誘うように
その声は歌う。

考えたとも。
俺なりに答えはある。
作田は思う。

が、
それは
警官として口にしてよいものではない。
個人の感想というものだ。


「どの加害者とも
 事前に関わりはありませんでした。

 また、
 佐賀海斗に
 どんな違法行為も
 記録はありません。」

作田は
冷静に答えた。


「おお
 優等生のお答えですね。」

からかうように
声は高く歌う。

「事実です。」

そうだ。
事実だ。
憶測など語ると思うのか。

作田は
ゆったりと座る客人が
胡散臭くて
かなわなかった。

署長の様子も異様だ。
異様………見てきたばかりの現場のように。

なぜか
その二つが結び付き
作田はぞっとした。


「そうですね。

 事実は大事です。
 ありがとうございます。

 ところで、
 あなたは
 佐賀海斗少年に
 繰り返し
 会っておられる。

 彼は自分の母親のことを
 話しませんでしたか?」

声は
突然低くなった。
ほぼ付け足しのように
最後の問いは詰まらなそうに響いた。


「そのような関係にはありませんでした。
 何も話は聞いていません。」


作田は答える。
ようやく終わるか
という気持ちだった。


「ありがとうございます。
 うーん
 残念だなぁ。

 知りたかったんですよね。
 彼自身にある闇を誘う素質みたいなものを。

 まあ
 母親の話は期待してませんでしたが。」

霧の晴れるように
ソファーに座った客人の姿が
明瞭になる。


なんて………顔立ちだ。
恐ろしいほどに整っていた。
異様な美が
雛人形のような顔立ちに凝り固まっている。


「さて、
 では失礼します。
 作田さん
 お時間を取らせましたね。

 どうぞ
 お忘れください。」

お忘れください
お忘れください

その最後の声が殷殷と響いた。

次の瞬間、
作田は
ぐぐっと
部屋が歪んだように感じた。
床がせり上がり
目の前に揺れる。


作田は
白いシャツにブレザーの佐賀海斗が
浮かぶのを呆然と見詰めた。


その足元には
今日死に顔を確かめた連中が
転がっている。


………ちがう。
ちがう
ちがう

これは違うな。


君は強すぎて賢すぎたが
自ら手を染めたことなどない。
かわいそうに
君は何にも興味なんかなかった。

闇を誘う?
誘ったことなどない。



「君は………また絡まれたのか。
 えらく不気味な奴に
 見込まれたものだな。」


ざっ………。


突然、
また視界が晴れた。
客人は
また朧な姿に返っていた。

署長は
変わらず固まっている。



「驚きましたね。
 作田さん、
 驚きました。

 ちょっと楽しくなりましたよ。
 いや
 夕べの皆様は
 見事に忘れてくださったんですがね。

 そんなつもりはなかったんですが、
 本当に見事に忘れてくださって………。」


ぼんやりした頭に
歌う声だけが響いた。


「夕べ………。」

作田は鸚鵡返しに呟く。


「ええ
 夕べです。

 忘れないとは………。
 あなたはお強い。
 楽しみです。

 私はね
 佐賀海斗には
 闇があると考えているんですよ。

 それで、
 ちょっと
 聞いて回ってみました。

 あなたのお考えを聞けず
 残念ですよ。」


客人は立ち上がった。


「署長」

優しく声をかける。

署長は立ち上がり
礼をする。


「今日は
 ありがとうございました。
 失礼します。

 あ、
 作田さん
 もしかしたら
 また
 お目にかかるかな。
 楽しみです。」

客人は
さっと踵を返し
ドアを抜けていった。


〝待て
 お前は
 ………………。〟

呼び返そうとしたが
体は動かなかった。



「作田、
 何の用だ?」

署長の戸惑った声が
作田の呪縛を解いた。

「署長が
 お呼びになったと聞き
 伺いました。

 何もなければ失礼します。」

何も覚えていないらしい署長に
無駄なことを話しても
仕方がない。


作田は
署長室を出ようとして
ふと
立ち止まった。


「すみません。
 実は
 田舎の母がかなり悪いのです。
 GW明けまで
 田舎に帰ります。

 ご迷惑をおかけしますが
 よろしくお願い致します。」


作田の頭に
鷲羽海斗となった男の記事が
浮かんでいた。

鷲羽財団、
〝東北にネットワークを作る〟
確か、
このGWは何かでかいことをするはずだ。


たった今あったことも
とても他人に話せるものではない怪異だった。
だが、
人が死んでいる。
それは
なしには済ませなかった。


鷲羽海斗
君は
まだ何かを引き寄せながら
生きているのか………。


手掛かりがあるならば、
それは鷲羽海斗しかなかった。


作田はそれを追うしかなかった。

画像はお借りしました。
ありがとうございます。

☆少年時代の海斗の物語
 思い出せない方々と
 初めての方のために
 リンクを貼っておきます。








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