この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




海斗に組み敷かれ
シーツに磔けられて
瑞月は
まぶたを震わせる。


お仕置きの悦楽は
二人の約束事で
このおままごとは
〝離れがたい〟
という以上の意味はない。


「もう
 起きるんだ。

 レポートが残ってる。
 食べたら書くぞ。」

食べ終えたばかりの仔猫を
優しく見下ろしながら
海斗は宣言する。


うっすらと
その目は開かれ
陶然と見上げる眸が
訴えかける。

「…………海斗
 ねぇ
 オフだよね…………。」




こうしたとき、
若干
海斗に分が悪いのは、
立場の違いだ。


離れがたいのは
海斗こそであるのに
離れさせる責任は海斗にある。


年齢差12歳の事実は
伴侶にして保護者であるという厳粛な現実を意味する。


世間は
幼妻に骨抜きの夫に
優しくはない。

幼妻は
その愛らしさで
〝まぁ
 総帥が瑞月を独り占めするのが
 いけません。
 咲が見てあげますよ。
 おいでなさい。〟
よしよしされれば事は済む。


さらに、
コーチにして実父の結城は
言うだろう。
〝ああ
 宿題をする時間もないなんて……!
 総帥!
 いつも申し上げていますが、
 瑞月は体が弱いんです。
 そんなに……その……求められては…………
 体が壊れてしまいます!!〟


姑も
舅も
それぞれに個性ある人物だが、
唯一そっくりなのは、
何事か不都合が生じた際には
〝瑞月は悪くない
 海斗がしっかりしていないからだ〟
考えるところだ。


 甘い。
 とんでもなく甘い。
一応
海斗としては
保護者時代の実績がある。


それは、
〝恋人〟となる前だから出来たことというに過ぎないが
こういう面倒くさい躾は丸投げのくせに
瑞月がべそでもかこうものなら
ここぞと出てくる二人に
ため息が出ることもある日常だ。


まるで
甘い甘い祖父母と同居しながら子育てに奮闘する母親である。

そして、
こんな甘い日にも
乗り越えるべき課題はあるものだ。
その課題を楽しむ。



ベッドを離れさせ
苦手なことに取り組ませ
かつ
それを完遂させなければ
楽しい時間もお預けになるだけだ。



「お仕置きは終わりだ。
 キッチンに行くぞ。
 腹が空いたろう?」


カナダの頃は
脅したり脅したりで済んだ場面だが、
恋人となってからは
すかしたりすかしたりとなりがちだ。



その辺りも
そろそろ挽回をと考える。
考えるが
今は〝腹が空いたろう?〟でも
構うまい。


というわけで、
ごそごそ起き出した裸ん坊に
ガウンを引っ掛けさせ
屋根裏から下ろす。


隣り合ったそれぞれの自室に
まず瑞月を入れ
自分も入り
素早く着替えを済ませる。


すぐ
身を翻し
瑞月の部屋に入れば
とろとろと
シャツのボタンをはめている。





手を出したくなる思いと
その
覚束ない所作の愛らしさを見詰めていたい思い。




ここで有り難いのは、
躾上からも
恋人を鑑賞する楽しみからも
結論が同じことだ。



 可愛い……。


「ゆっくりでいい。
 自分で着てごらん。」


瑞月は
何でも自分でしたがるようには
なってきた。
行儀見習いの綾子様のお陰も
あるかもしれない。



〝ぼくが
 海斗を守るよ〟

その言葉は
微笑ましくもあり
不思議に
神々しくもあった。


 高遠……怒っていたな。


十二歳という歳の差は
瑞月の場合は
不安定だ。
ひどく大きくもなることもあれば、
そのようなものを越えた
圧倒的な高みにゆらめく存在ともなる。


そして、
高遠の場合は、
その差を感じなくなっている海斗だった。


若き狼は
その戦闘能力においては
己の域に遠く及ばない。

鷲羽を動かし
巨大な龍として天翔る力は
海斗にあって
高遠豪にはない。

だが、
闇に抗しての最後の戦いは
心の高さにある。
その高さにおいて
己は高遠の後塵を拝している。


それは、
あの夜以来
心を占めてきた思いだった。


だからこそ、
守る
賭ける覚悟が固まったとも感じていた。


若き狼の姿が
ふと
浮かぶ。


制服姿だ。
穏やかな眸
瑞月の手つきを優しく見詰めている。

時計を見上げたのだろうか。
ふふっ
笑い、
瑞月の手に手を添える。


……そして
幻は消えた。



数日の内に
その瞬間は来るだろう。
そのとき、
俺たちはそれぞれのやり方で
瑞月を守る。


〝俺は
 瑞月の伴侶だ〟


その思いに静かに集中する。


共に生きる
共に天へとその手を差し伸べ
光を召喚する
前へ前へと進んでいくべきものがあるのだ。


高遠は……大地のようだ。
瑞月を抱いて揺るぎない。
風のようでもある。
しなやかで強い。


海斗は
心中に深く息をつく。

己は己のあるようにしかあれない。
そして、
それは瑞月と共に生きるという願いに尽きていく。




うふっ
瑞月が笑う。


よし!
終わったよ
振り返る。


「よし!
 じゃあ
 料理の腕前を見てやる。

 キッチンだ。」

共にある。
それが
こんなにも嬉しい。

その思いを甘いとは思うが
その甘い幸せを大切にしたい。
それが
自分の〝守る〟を支えてくれる。


海斗は
そう結論づけた。
いつまでも考えてはいられなかった。


次は
包丁と火が待っている。
そこに
〝やらせて やらせて〟攻撃が
もれなく付いてくる。


〝包丁は
 だいぶ慣れました。

 ただし
 ゆっくりやらせてください。
 冗談にも〝早くしろ〟とかは
 言わないでやってくださいね。

 火はだめです。
 油が跳ねでもしたら
 火傷します。
 お鍋を掻き回すくらいは
 構いません。

 とにかく怪我させないことを
 よろしくお願いいたします。〟


久しぶりの洋館、
二人きりの世界も
完全な独立国家とはならないものだ。



甘さも使命も
縞模様にやってくる。


瑞月は
気がついているだろうか。
あの襲撃以来
自分が屋敷を出ていないことに。


土曜日が来ると
お前は
もの問いたげに見上げた。


そして、
俺は
さらりと答えてきた。

「出掛けてくる。
 待っておいで。」


待っておいで

待っておいで

そして、
お前は待っていた。


いい子だ
今は
お前を手放すのが怖い。


間もなく怒濤が押し寄せる。
その時まで
待っておいで
それを切り抜けてお前を抱くのは俺だ。

海斗は
それを思うと熱くなる。



「ぼく、
 もう包丁使っていいんだよね。」

振り向いた瑞月が
明るく尋ねる。

質問の形をしてはいるが
既得権を確かめているにすぎない。


「そうだな。
 気を付けて使え。
 見ているからな。」

そう
見ていなければ
何をしでかすか知れたものではない。

ちら
民がいてくれたらな
思うのは、
気が弱くなっているのだろうか。


このところ、
瑞月を制する力に
少々自信が不足気味の海斗だった。


イメージ画はwithニャンコさん謹製の