この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




雪は
優しく降りしきる。

そっと雪籠りをしながら過ごす
クリスマスまでの穏やかな時間は
恋人を育てる楽しみに彩られた。


「…………人魚姫、
 かわいそう…………。」

アベルは
小さな声でつぶやく。


「アベル、
 優しい子だね」

私は応えて
その髪を撫でる。



「ぼく、
 人魚姫に…………似てる?」

声は
また小さくなったね。
君は少し怖くなったのかな。



王子様は王女様を選んだね。
泡になって消えることを
人魚姫は選んだ。

切ないね。




「始まりはね。」

私はさらりと応える。
そう恋の始まりは
大切だよ。


でも、
それではすまないね。

君は、
いつも物語に
重なってしまう。




だから、
ほら
君は黙り込む。


私は
そっと口づける。


君は
じっと動かない。


私は
その肩を抱き寄せて
その唇を啄む。


唇を離すと
君は私の胸に顔を埋めた。




いい子だね。
そうだよ。
私は
王女を選んだりしない。
君を泡にさせたりしない。

君は
私の宝物なんだ。




「ぼくの王子様は…………グレンなの?」

小さな声が
ぽつり
零れて落ちた。



私の胸が
どくん
強く鳴った。


そっと
その肩を抱き締める。




「そうだと嬉しいよ。
 君の王子様になれたら、
 この物語は
 幸せに終わるからね。」


私は
ゆっくりと言い聞かせた。



君は
え?
私を見上げる。


無邪気な眸だね。
私は
また一歩退いておく。



「アベル
 君が恋人のキスを許してくれたら
 この王子は幸せになる。

 いいかい?」


今は
恋人のキスだけで
十分だ。

君の扉は
まだ開ききってはいない。





私は君にキスをする。
君の胸はことことと高鳴る。

ほら
少しずつ
君は勉強するね。


もうキスのときめきは覚えた。
嬉しいよ。




さあ
今日は〝ご飯〟の日だ。

優しいキスを上げる。
だから、
我慢してお食べ。




そっとパジャマに手をかけると
君は悲しい目をする。


「いい子だ。
 ご飯を食べなくてはね。」




切ないときは
啜り泣きに過ぎていく。

上がる悲鳴を
その涙を
私は唇に吸い取る。


ピクン

ピクン
君は震える。


私は君の狭さに
いつも驚くよ。


そこに迎え入れた私は
君を埋め尽くして熱いだろう?



「だいじょうぶ
 だいじょうぶだよ」

その耳に届くとも思えないが
私は優しく繰り返す。



焼け付くほどに熱いものに貫かれて
君は
死に近々と
深淵をさ迷う。


私は
君の空ろになった眸を
切なく思う。
本当だよ。




愛しい私の人魚姫
君は本当に人魚姫だ。



一歩一歩が
イラクサの上を歩くように
鋭い痛みとなって
人魚姫を襲う。


似ているね
アベル

君が生きるためには
この責苦からは逃れられない。




ああ
苦しいんだね
君は背を反らしたまま
ガクガクと震える。


本当はね
君を
悦ばせるのは簡単だ。




でも、
しない。
しないよ。

君を
今狂わせたりしない。




私の可愛い人魚姫

君が
私を望んでくれたなら
そのとき
教えてあげる。
連れて行ってあげるよ。

それは
美しい場所へ。




だからね、
早く
覚えておくれ。
私が君の王子様だ。



さあ
もう十分だ。
ご飯は終わりだよ。



私は
キスをする。

恋人のキスに
君は
ゆっくりと蕩け出す。




もう怖くない
もう痛くない

終わったよ
終わった




ヒクッ

ヒクッ

しゃくり上げていた君が
静かに泣き止む。



昼下がりのベッドに
優しい時間が
戻ってくる。


静かな寝息が
洩れ始めた。



そう
そうだね
眠っておしまい。



恋の切なさは
私が負う。

恋人のキスの甘さだけを
君に残そう。


忘れないでおくれ
私が君の王子様だ。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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