この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




老婦人は
部屋に準備させておいたお茶を
さっそく注ぐ。

アベルは、
ソファーから
くるくると辺りを見回して
可愛らしい細々とした物に一々目を輝かせていた。



「キャッ
 可愛い!」

中でも
棚に並べられた
磁器の人形は愛らしく
目を引いた。



本を読む貴婦人
今にも躍り出しそうな踊り子
宮廷の舞踏会で踊る貴婦人と貴公子
そして、
愛らしく丸くなる仔猫



「これ!
 淑女が
 裸足で歩き回っては
 いけませんよ。」


もう裸足でいいよね!
ぴょん!
立ち上がるアベルに
老婦人は
カップを置きながら
鹿爪らしく言い渡す。



しゅん!
座り直すアベルに
クローゼットからピンクのふわふわのスリッパが
登場した。


「はい
 これ、
 もう私には可愛らしすぎて
 どうしようか迷っていたのだけど、
 あなたにぴったりだわ。

 お部屋で使いなさいね。」


並ぶ磁器の踊り子の足も叶わぬ
白く繊細な細工物。
アベルの小さな足は
そのスリッパに愛らしく包まれ、
老婦人はご満悦だ。


「さあ、
 まず、
 紅茶を召し上がれ。

 グレンはね、
 必ず、
 また私たちに時間をくれます。

 だから
 お人形は
 また今度ゆっくり見せてあげますね。
 
 さあ
 プレゼントは急がなくちゃ。
 考えましょう。」


老婦人は
向かいにどっしり
座り込んだ。


遅めの朝食を共にした二人には
午後のお茶までの時間があった。
が、
心配性の夫は
その時間までを待ってくれそうにない。

まずは
プレゼントをクリスマスに間に合わせるのが先決だ。
ということのようだ。


「私は
 グロリア。
 もう奥様呼びは
 なしでいきましょうね。

 さあ
 呼んでごらんなさい。」

にこにこ嬉しそうなグロリアに
アベルも笑顔になる。

「グ、グロリア」

「そう!
 なんて嬉しいんでしょ。
 女友達にグロリアって呼んでもらうののが
 大好きだったの。」

手を打って
グロリアは笑う。


「あの、
 プレゼントって
 何がいいんですか?」

教えてもらうこと、
決めてもらうことに
アベルは
すっかり慣れていた。

自分で何かを決めることなど、
読む本を選ぶくらいしか
したことがない。


自分の住む館の中すら
遠慮がちに歩いていた病弱な厄介者は
メイドたちに出された物を食べ、
許されたことだけをし、
そっと静かに座っていたのだ。


プレゼントをしなければならないなら
何を選ぶかも
決められた通りにする以外
思いもよらなかった。



「アリス、
 グレンはあなたに夢中ね。」

その質問には答えず、
老婦人は
優しく語りかける。


「はい
 とても
 大事にしてくれます。」


これは本当だった。
アベルは
自然に答えていた。

頬は上気しない。
眸は生真面目に先生たるグロリアを見詰める。

ピンクのスリッパが
同じピンクのドレスの裾に
可愛らしく二つ並んで顔を覗かせている。

この世にも愛らしいものは、
その伴侶の切なる思いを理解しないらしい。
そう見てとれるだけの無邪気さが
そこにあった。



ふうん
グロリアは小首を傾げる。


そして、
そっと
アベルの手に手を重ねた。


「アリス、
 グレンは
 あなたを
 妻に選んだのよね。

 なぜ選んだか聞いたことあるかしら?」


覗き込むような優しい眸に
アベルは
何だかひどく安心した。



「私しかいない
 って
 言ってました。」

これは、
何度も言われたから覚えている。
自然に口から言葉は流れた。


乗せた手が
ぎゅっと握られる。

「まあ素敵。
 あなたしかいないって
 あんなに素敵なハンサムさんに言われて
 ときめいたでしょう?」

満面の笑顔に
それが
どうやら素敵なことで
グロリアが感銘を受けたらしいことが
わかった。


ト・キ・メ・イ・タ…………。


アベルは
小首を傾げる。
〝君を待っていた〟
〝君しかいない〟

その言葉に
ときめいただろうか。


どうだっただろう。
よく分からなかった。
でも、
綺麗なものが大好きだった。
そっと覗いたパーティーの場で
グレンは
最高に綺麗な人だった。


「すごく綺麗な人だなって
 思いました。」


ちょっと
頬が紅潮した。


「そうでしょう?
 ちょっと
 いないものですよ、
 あれだけの姿をもった殿方は。

 あなたもね、
 とっても綺麗です。」

ますます頬は染まる。

ぽんぽん
励ますように
アベルの手が叩かれた。
グロリアは尋ねた。

「さあ
 考えてみて。
 グレンを喜ばせよう
 って
 思ってあげてね。

 何を喜ぶかしら?」



うふふ
でも…………。

だいじょうぶ
きっと喜ぶわ

じゃあ……

そうよ
明日
用意しとくわね



クリスマスリースの向こうから
微かに声は洩れ聞こえる。



「もうよろしいかな?」

含み笑いを含んだ老紳士の声に
グレンは
頭を下げる。

「もちろんです。
 つい
 耳をそばだててしまいました。

 女性のおしゃべりは
 楽しそうなものですね。」


立ち聞きも限界だった。


老紳士が
軽くノックをする。


あら

明るい声に続き
さっ
ドアは開いた。

老婦人は意気揚々だった。


「お待たせしました。
 さあ
 大事な奥様をお返ししますね。
 とても楽しい時間でしたわ。」


老婦人の手招きに
小さなヒールを手に
ちょこちょこと
アベルが出てくる。

そのアベルの肩を抱き、
老婦人は
語りかける。


「ほら、
 こうして見ても
 思うわ。

 世界一素敵な旦那様よ。
 こんな綺麗な人、
 めったにいないわ。」

頬が染まるのを感じ、
グレンは驚いていた。


 美しい
 綺麗だ
その言葉には慣れていた。


事実、
自分の姿は美しいのだろう。
さしたる興味もない
受け止めるべき事実としか思わなかったその言葉に
なぜか
頬は染まった。

目の前で
頬を染めていくアベルに目を奪われながら
自身も頬を染めていた。



「グレン
 私たちお友だちに
 なりましたのよ。

 私はグロリアと申しますの。
 あなたも、
 もうグロリアと呼んでくださいね。
 お友だちの旦那様ですもの。

 で、
 明日もアリスとおしゃべりしたいんですの。
 お借りしてよろしいかしら?」

そんな二人を嬉しそうに眺めながら
グロリアは
宣言した。

クリスマスのプレゼント。
それは、
優しい響きをもつ言葉となった。


アベルは
何を
選んだのだろう。


頬を赤らめながら
それが
とても楽しみな自分に
グレンは戸惑う。


アベルは頬を染めている……。
それが、
その戸惑いにときめきを添えていた。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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