この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





ドアから見える室内は、
ふんわりした掛布に柔らかいソファー、
テーブルにある茶器に立ち上る湯気、
その優しい花柄、
老夫婦の息づかいに彩られて暖かい。


「さあ、
 入ってアリス。
 まあ、
 なんて嬉しいんでしょ。」


抱っこのアベルは
グレンを見上げる。


「旦那様は
 下のラウンジでお待ちくださいね。
 うちのも
 そこでぼんやりしております。

 恐れ入りますけど
 相手をしてやってくださいな。」


銀髪の頭は
元気よく上を向く。

対するグレンがたいそう背の高い男であるから
ほとんど真上を見る形となる。


小柄な体に
落ち着いた茶のドレス、
ちょっと悪戯な笑みに
生き生きと動く表情は
まるでクリスマスの妖精のようだ。





老婦人は
実際
そのつもりでいるらしい。


〝病弱な幼妻〟に
〝初めてのクリスマス〟がやってくる。


そのお手伝いをする自分は
お伽噺の出てくる小人の妖精の役所を務めなくては!!


「さあ、
 任せてくださいな。」

嬉しそうに宣言したご婦人は、
そっと
いかにも秘密めかして辺りを見回すと
声を潜める。


「足は
 なんともないんでしょ?
 下に行っててだいじょうぶですよ」

アベルは
嬉しげに

「わー
 分かってたんですか?」

甘え声を上げ、
早くも
その小さな靴を脱ぎたくてたまらないように
もぞもぞ足を動かす。




グレンは、
まじまじと老婦人を見つめてから、
いかにも大事そうに
アベルを室内に運び込んだ。


ソファーに抱きおろし、
もう
プラプラさせているヒールを脱がせ
落ち着いて老婦人に向かう。


「お見通しでは
 と
 感じておりました。

 足はなんともありません。
 ただ、
 アリスは
 本当に病弱なのです。
 部屋から出ずに育ちました。

 私はこの子を部屋から連れ出したかった。
 幼いところが目立つでしょうが、
 どうか
 よろしくお願い致します。」


その声は真摯で、
尽きぬ慕情に満ちたものだった。




銀髪の頭が
グレンに
うんうんと頷いてみせる。


その
〝わかってますよ〟
アピールは、
そっとしておくべきことを弁えた
大人の優しさを示して
力強い。


が、
そこに頼りきるは、
グレンの選択になかった。
二人の秘密は深い。



膝をつき、
そっと言い聞かす。


「少しだけだよ。
 また熱を出してしまう。

 君は
 私の大切なだ。
 本当は離れたくないんだよ。」


アベルは
にこにこと頷く。


「うん
 わかってる。
 でも、 
 内緒なんだもの。
 グレンがいたら内緒にならないでしょ?」



これは、
いわばグレンの蒔いた種に発するものだ。
その意味で
致し方ない仕儀と言える。




朝方のプレゼント交換話題の顛末は
こう続いた。


〝ふーん
 交換って
 誰とするの?〟

〝みんなとだよ。〟

〝みんなって?〟

〝クリスマスを一緒に過ごすみんなだよ。
 ディナーには二人分のプレゼントを
 用意するからね。〟



そこに
大切な人との交換を伝えるには、
グレンに迷いがあった。


 欲しいものがある
 どうしようもなく欲しいものがね


その真実が洩れてしまうのが
まだ早い気がして
怖かった。


切り出していながら
グレンは
切り替えることにした。


家族のクリスマスを知らない
幼いアリス。
その温かさを教えることで
このクリスマスは十分だ。


そう
自分に言い聞かせ
朝食の食堂に向かうときには、
すっかり整理がついていたのだ。


が、


そこに待ち受ける
クリスマスを楽しむ仲間は
事をそれで終わらせてくれなかった。



「アリス
 プレゼントはもう考えた?」

温かなミルクを注がれたカップを
そっとつまみ
アベルは口に運んでいた。

カップは宙に浮き、
可愛い口が
無邪気に答える。


「グレンが
 二人分用意してくれます。」


「まあ
 ディナーの分は
 いいのよ。
 みんなで楽しめれば良いのだもの。

 旦那様と交換するプレゼント。
 どう?」


老婦人は
どこまでも善意で
あくまでも睦まじい若夫婦を思って
この話題を選んでいた。


ミルクのカップは
飲まれることなく下ろされた。




そして、
幼妻は学んだ。

一つ
クリスマスは大切な人と
プレゼントを交わすものであること

一つ
それは
宛名をつけて
ツリーの下に置かれていること

一つ
そのプレゼントは
開けるまで絶対内緒なこと



「…………どうしよう。」

アベルは
真面目な顔で
グレンを見上げる。


「グレンに内緒でなんて
 …………ぼ、わ、私できないのに……。」




〝グレンにプレゼントをしたい〟

というよりは、

〝グレンがぼくの大切な人らしい。
 大切な人には
 プレゼントをしなくてはいけないらしい〟

という
老婦人から学んだクリスマスの〝仕来たり〟を達成しようという義務感が
やや強い。


それは、
グレンに
アベルからプレゼントを貰える?
本当に?
という期待感も与えてくれつつも、
微妙な複雑さも含んだものだった。


見上げるアベルの愛らしさに
微笑み返しながら
グレンは大急ぎで考える。



「君は
 支配人に欲しいものを伝えればいい。
 彼が何でも準備してくれる。

 私には内緒で
 プレゼントを準備できるよ。」


「でも…………。」

アベルは
困惑したように
眉をよせる。



すべてが不思議の国に迷い込んだアリスは、
案内人を求めていた。


「私が
 一緒に考えてあげます!」


そうして、
事態は急展開し、
グレンは
アリスを託すことになった。



 すぐに寝かせたいんです


 すぐ済みますよ

に却下された。



 もう体がきつくないかい?

暗に小さなヒールとコルセットを脱ぎたいだろう?
仄めかせたが、


 嬉しい!
 一人じゃ分からないもの

撥ね飛ばされた。



そうして、
今、
グレンは
目の前で
徐に閉められるドアを見ている。


老婦人は
アベルの幼さを十二分に受け止めてくれている。
その愛らしさに
ドレスを着たアベルを男の子と疑う者はいない。


…………だいじょうぶだろう。


そう
思いながら
グレンは悩ましい。

アベルは
何をプレゼントに選ぶだろう。


その思いは
期待するなと戒めるそばから
きっと老婦人が決めてくれるのだからと
落ち着こうとするそばから
胸に湧いては
グレンをときめかした。


ドアは閉まった。


老夫婦の部屋のドアの
小さなクリスマスリースが
クリスマスのときめきを
囁きかける。


 クリスマスだよ

 クリスマスだよ

 聖なる夜がやってくる。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。



人気ブログランキングへ