この小品は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。



もみの木が
食堂に飾られた。


滞在客’は
クリスマスをここで祝う。


街は
雪にすっぽりと覆われ
夜ともなれば
ガス灯の灯りのオレンジが
白い街を彩り、
ホテルの中は
何というでなく華やいだ空気が漂っていた。



ディナーのため食堂に入ると、
銀髪を
ふっくらとまとめた品の良い老婦人が
私たちを見て
手を小さく振る。


体の弱い幼妻とその夫たる私は、
老夫婦のお気に入りだ。



いつもの顔触れ
いつもの席
長期滞在の客はクリスマスまでを
ここに過ごす予定でいる。


それは
私たちも同じだ。



アベルは
彼女には〝アリス〟だ。


「名前を決めようね。
 食堂では
 君は私の妻だ。

 何がいいかな?」


アベルは
絹のパジャマを着たまま
ソファーで本を抱え込んでいた。
可愛い挿絵が気に入って
ホテルの書庫から
私が選んで渡したものだ。




「アリス!
 ぼくアリスになりたい。」

アベルは
目を輝かせた。

その〝不思議の国のアリス〟という童話は
アベルのお気に入りとなり、
アベルはアリスとなった。




私のアリスは、
腕の中で
小さく手を振り返し、
私は体の弱い妻を抱いて定位置に進む。


入り口からは
最も奥まったテーブルは
庭へと開く大きな窓に程近い。


朝の食事では
庭の木々は
枝に雪を乗せて丸く優しい形を
見せてくれる。


その雪に
ウサギがぴょんと木の間から
跳ね出てきたときは、
〝可愛い!〟
アベルが喜んだ。


喜ぶアベルこそ
可愛かった。
私は
次の買い物から
方針を変更した。





朝食に現れるアベルは
可愛い花柄
少女めいたピンクにブルーを纏う。
甘い砂糖菓子のような少女が
そこに現れた。


可愛いアベル
君は
私の幼妻だ。



そして、
ちょっと背伸びしてドレスアップした病弱な少女は
保護者でもある夫に抱かれて
ディナーに登場する。


テーブルの向こうの大きな窓は
日が沈めば鏡となり
シャンデリアに照らし出される室内を
きらびやかに映し出す。


私はそこに見る。



長身の男。
その腕に抱かれ
優雅なビロードの光沢とレースが重たげな
たおやかな妖精。


アベルの華奢な体は
ドレスの重みにも耐えぬかに儚げだ。




そっと座らせて
ドレスの襞を調える。
老婦人は
そうした私たちを見て
〝仲良しさんなのね〟
話し掛けてきたのだ。


以来、
睦まじい老夫婦と
新婚の若夫婦は
食事を共にするたびに言葉を交わしている。


もっとも、
老紳士は
ほとんど口を挟まず
もっぱら奥方がお相手だ。



いつもの
アベルの具合を案ずる言葉に続き、
老婦人は尋ねる。



「お若い方には
 ここのクリスマスは
 物足りなくないかしら?」


奥方の声は弾み、
老紳士が
ちら
顔を綻ばした。


私たちは
共にここにいる。
それが既に答えとなっていた。


私は微笑み返す。


私は
アベルにクリスマスを
プレゼントしたかった。




「ここのクリスマスは
 温かいですね。
 昔ながらの聖夜を
 アリスにも見せてやりたくて
 参りました。」


アベルが
ん?
顔を上げる。


化粧に大人びて見えても
こうしたあどけない表情に
この子の幼さは伝わる。


シャンパンの黄金色は
もう
アベルを怯ませはしなかったが
大人のお話に夢中になって耳を傾ける
おしゃまな女の子が
そこにいた。



「では、
 アリスは、
 初めてなのね。

 まあ
 教えてあげることが
 たくさんできて
 嬉しいわ。」


老婦人は
嬉しそうに笑い声を立てる。



ディナーは始まった。


「子どもの頃はね、
 カレンダーが楽しみでしたよ。」

 二十五個の窓がついた
 アドベント・カレンダー。」

老婦人が微笑むと
老紳士が
低い温かな声で応じる。


「クリスマスを待つ。
 それが
 もう楽しみだったね。」



このご夫婦は、
たいそう子ども好きだが
子宝には恵まれなかったという。


クリスマスを
賑やかに過ごす手段として
このホテルを選ばれた。

そして、
アベルは御夫婦にとって
クリスマスを楽しませてあげたい子どもとなったらしい。




アベルは
クリスマスの様々を嬉しげに語る老婦人の言葉を
愛らしく微笑みながら聞く。

物語を聞く。
それが君の楽しみだ。



小さな手に本を開いて
ぽつん
一人で座る男の子。

ずっと
ずっと君の世界は本だけだった。



だから、
君は物語を目に浮かべることが
とても得意だね。



アベルは
もう
カレンダーの窓を開け始めた。


ツリーは
可愛らしい天使や星に
お楽しみの始まりを告げて
どっしりと立っている。



アベル
私のアリス
君にとっては
この世のすべてが不思議の国だ。


まず
クリスマスを君に見せてあげる。
そしてね、
プレゼントをしたい。


君は
何が欲しい?

私は
もう決まっている。
決まっているよ。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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