この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





頭上に
リーダーと絣が落っこちた
赤い日除け。
小道具の椅子にくっつくようにかけた
体育会系のむさ苦しい集団に
俺は交ざっている。

〝背が高いので〟
断り
後ろに立った俺は
気づかれぬように後ろを確認する。

 瑞月、
 何をしてるんだ

部屋を出ていってからは
優に一時間は
越えている。





カメラの真ん前に陣取って
食い入るように
画面を見つめるスタントチーム。

田中たちがカメラの前でああだこうだ騒ぐ間に
彼らはさっさと着替えてきていた。

おおむね
ジャージ姿でくっついているところは
どこかの大学の運動部が
夜のミーティングでも
しているかの風情だ。


俺は
まだフロックコートのまま
彼らに捕まり、
今に至っていた。




絣が
画面に
指を突きつける。

「ここ
 すみません!」

再生停止。

「スローでお願いします。
 総帥!
 これ
 どうやったら
 できるんですか?」


もう何度目かの質問が出され、
一同は
俺を見つめる。




ほとんど
スタント教室と化したカメラ前から離れ
田中たちは
片付けに入っていた。


スタジオ
の街並みの一角で
時に
実演も含めての説明は
既に三十分を越えている。




医務室も
もう
片付いているだろう。

このセットは
どうやら長期化しそうな大正浪漫のため残されるが、
撮影チームの片付けはその日ごとに行われる。



そろそろ
瑞月を迎えに行きたい。
一つ一つに答えている余裕は
なくなってきた。



「動き方を美しくするだけなら
 視線でコントロールできる。

 ここで、
 左を見た瞬間に
 体全体が
 次の動きへと切り替わっています。
 分かりますか?」


ぐうっと
スタントチームが
画面に乗り出す。



「あっ
 ほんとだ!」

絣が
やはり反応が速い。
ちょっと惜しい。
うちに入れたい人材かもしれない。



「ほとんどの動きは、
 それで改善されます。

 ポイントをそこに置いて見ると
 分かりますよ。」


いつもは
視線を人に読ませたりしない。
襲撃者に自分の視線を読ませては、
警護は成立しない。

が、

今日は
その場で呼吸を合わせてのスタントだった。
俺はくっきりと軌跡を描くように
視線を切り替えて臨んだ。



視線は多くを語る。
視線に俺の次の動きを感じて
無意識に動ける部分もあったはずだ。



おおむね
人の動きは目当てを明確にもつとき
洗練されていく。
視線は
それも助ける。


戦闘訓練ではない。
スタントだ。
このアドバイスもあっていいだろう。
これで上がりにしたい。

俺は
切り上げにかかった。


「では、
 天宮君を探さねばなりません。
 私はここまでで失礼します。」



そろそろ限界だった。

瑞月は
衣装とメイクの二人を呼んでいた。
が、
ただ脱いでメイクを落とすにしては
時間もかかりすぎているし
意味ありげだった。

その
どことはっきり言えない違和感は
時が過ぎるにつれ、
ますます意味ありげに思え
とにかく限界だった。



スタントチームは起立する。

一人一人挨拶を始めそうなのは、
手で制し、
「もう遅くなりますので」
頭を下げた。


リーダーが声をかける。
「気を付け!」


その途端だった。

「あっ………」

絣が
声を上げた。

訝しげな表情に
俺は
振り向いた。




街路の端
セットの先から
駆け出していく二つの人影が見えた。


あっという間に
スタジオ出口へと消えていく。



「瑞月!!」

俺は吠えていた。

同時に
足は床を蹴る。



なぜだ
なぜお前は俺に何も言わずに出ていく?
そして………あの格好は何だ?!



一気に大正の街を駆け抜ける。
くそっ
思うように出口は近づかない。
フロックコートが
ひどく重く感じていた。



「あれ………藤波……です。
 黒の……ライダースーツの方。

 もう一人は………天宮さんなんですか?」


切れ切れに
声がする、

後ろに
追いすがってくるのは
絣らしい。


目敏く
動きも速く
足も速い。

フロックコートを着てのかけっことはいえ、
俺についてくるとは、
大したものだった。



俺たちは
スタジオから飛び出した。


しん
静まり返っていた。


ここは、
町中に作ったものではない。
建物回りに照明はあるが、
その間隔は広く
建物の角の先は真の闇だ。


前を行く道は田んぼの中を走っている。
どこまでも真っ直ぐな一本道だ。
街灯は少ないが
先の先まで見通せる。
動く影は一つもなかった。



ただ、
道の向かいは林だった。
そこに入ったなら
姿は見えない。


絣は
肩で息をしながら
聞いてくる。

「あの!
 さっきの……
 ほんとに天宮さんなんですか?!
 だって………。」


しっ
俺は指をたてる。




ブルン……!
ブルン……!

エンジンがかかる音が
聞こえてくる。



バルルルルルルル………

奥は林だ。
道は
この門の前を通っている。




建物の角
そこに
一つ目が飛び出してくるのを
俺は待った。




バルルルル……
ルルルルルルル………。


排気音は
みる間に大きくなる。


来た!!

飛び出してきた一つ目は
後ろに
白い裾をひらめかせている。



俺は
真っ正面に立ち塞がった。


上がるスピードに
ライトは
一気に広がり俺を呑み込む。

今だ!
俺は跳ぼうとし、

「あっ
 海斗!!」

止まった。


爆音の中に
瑞月の声が混じる。


止まったまま
ただ見詰めた。




脇を抜けようと
わずかに
斜めにハンドルを切ったバイクに
浮かぶお前の白い顔を。


爆音の中に
その眸は輝き
声は響いた。


「だいじょうぶ!
 だいじょうぶだから
 待っててー
 急いでるのーーー………。」



その声は
必死に振り向く姿から
遠ざかりながら届いた。





 ………だいじょうぶ。
 待ってて

だいじょうぶ
だいじょうぶ
だいじょうぶ


それは、
届いた。





後ろから
ばたっ
膝をつく音がした。


「あれは……藤波です。
 藤波は………あの………奴は………………

 申し訳ありません!」


絣は
頭を地べたに擦り付けた。
その姿勢に
伝わるものがあった。




俺は
絣の腕を引っ張り上げた。


「だいじょうぶ。

 瑞月は、
 そう言った。

 だから
 だいじょうぶです。
 どこに行ったか思い当たることは
 ありませんか?」


そう
行き先は確かめないとな。

テーブルの脚を握り締めて
俺の脇に立った瑞月が思い出され、
ちょっと笑えてきた。


〝急いでるのー〟
だから、
何も言わなくていいのか瑞月?




医務室で
何かを聞いて
自分にできることはないか
一生懸命考える瑞月が
容易に思い浮かぶ。


後は、
藤波の人となりだ。
それは、
絣が証明してくれた。



だいじょうぶだ。


だが、
藤波よ、
お前は〝まだまだ〟だ。
これはガキのすることだ。

瑞月、
探すからな。
待っててやるが、
ここで待つ気はない。






絣は
しきりに
頭を捻る。

「でも、
 えっと………そうだ!」

絣は
スマホを出そうとして
ないことに気づき
歯を食い縛った。



こいつは辛いんだ。
何か証明できるものが欲しいんだ。
そして、
それは、
藤波を信じているからだ。

そんなことが
絣の
一つ一つの所作に伝わってくる。


絣は
一瞬
そのまま
駆け戻ろうとして止まり、
俺を振り返る。


「今夜は
 あいつ
 大事な用があるって
 言ってました。
 行くところあるんです。

 たぶん
 ライン見たら分かります。

 ああ
 どこだっけ………。
 あの
 いい奴なんです。
 ほんとです!」

それだけ言って
絣は
踵を返し
駆け出して行った。


たぶん
それは、
俺の方が早く掴めるだろう。
瑞月の着込んだ衣装からすると、
期待できそうだ。




ブーッ
ブーッ

胸に振動を感じた。
俺は衣装でもスマホは手放さない。

取り出した画面に
予想通りの名を読み、
俺は
応答を選択した。


スタジオを駆ける瑞月は
花嫁さながら
真っ白なドレスに
髪を長くなびかせていた。



「はい」
話は
明確で単純だった。
必要なことを
この人は瞬時に整える。
魔法使いのようだな。


さっきの
瑞月の姿のせいだろうか。
咲さんが魔法使いのように思えてならなかった。


俺は、
聴くべきを聞き、
スタジオに向かった。

着替えなかればならなかった。



王子様は
黒が好きだ。

瑞月、
お前は白が似合うな。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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