この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




赤煉瓦の壁は
闇にその継ぎ目ばかりを黒々と残す。
背後を森い包まれた一画は
日没と共に闇に沈む。


黒は
好きだ。



身にそぐわぬなりで
意に添わぬ言葉を言わされた後では
しっくりと身を包む黒が
俺を
取り戻してくれる。


瑞月は
〝だいじょうぶ〟
言った。


俺は
ただ
待っていられる。



………………西原は、
もう
動いたはずだ。


待つ。


待つが………………瑞月、
そこは
覚悟しておけ。



闇に沈み
壁一つ向こうにあるお前を
俺は
ひしひしと感じている。



沈んだ日の温もりは
急速に堕ちていく。
胸に風は起きないか………。



ふと
そう思う。

起きたら
ベッドから出さないからな。

ばか………………!!


待つ身に時間は長い。

俺は
ぼんやりと
朝からのことを思い返す。




撮影の日は
一日仕事が基本だ。
今回は
そこに殺陣の準備もあった。


瑞月のメイクも着付けも
やたらに長いのを幸い
俺は
その時間に殺陣の写しを終えた。


一度見れば
それは頭に入る。



俺は
殺陣の流れを頭に
もう一つ大事な準備にかかっていた。


まず、
改めて、
建物全体を掴む。


天井が高い。
制作費を弾んだものだ。


まるで
大正時代そのままの街並みが
見事に組み上げられている。


 鷲羽の警護棟くらいはあるな。


紛い物の街路に立ち見上げれば
レストランの前に張り出した深紅の日除け越しに
見事なベランダが覗く。


その二階部分も
日除けから見通す一階部分も
その奥のドアの向こうは張りぼてだ。


街路の後ろも
さりげなく田中に言って
見回ったが
強度に問題はなさそうだ。


安全確認はした。


その上から
立ち回りのあげく
ジャンプする俺のためではない。
瑞月も
乗るんだからな。


ほんとに咲さんの許しが出てるのか
帰ったら確認してやる。



天井を見上げれば
格納庫並みに高く
総面積を見れば
だだっ広い訓練場三つは入りそうな面積に………………男ばかりがひしめく。


いや、
セットの占める大きさ
スタッフの数を考慮するなら
まあ………………五十人か。


とはいえ、
まるで
文明開化に置いていかれた士分のなれの果てみたいな扮装の面々が
十数人用意されてるあたりが
異様に男臭い。


「君らは
 日本の将来を憂う士だ。

 チャラチャラしてる奴等が憎いんだ。」


おい田中!
大正浪漫だぞ。
明治の亡霊か?!


「で、
 食い詰めてる。

 ま、
 ひらたく言えば
 強盗なんだが、
 偉そうに頼む。」


………………で、
その標的になる洒落たパーラー。
客層は、
まあ
こないだの避暑地のホテルだな。

これは、
十人くらいか。




ふと気づいた。


今度は
若紳士といった風情だが
間違いない。

田中の奴!!
遠回しに言っておいたはずだぞ!!
〝瑞月を危険にさらす真似はするな〟
と。




「田中さん!」

いい調子で
〝斬られ役〟いや斬りはしないが
やられ役のスタントチームに演説してる田中を呼ぶ。


勢い、
スタントチームも
こちらを向いた。



「失礼。
 田中さんに
 至急のお話があります。

 お借りしたいのですが。」


軽く会釈して
田中を引っ張り出そうと
一歩出た。


ところが、


どういうわけか、
スタントチームの連中が
俺に最敬礼する。


 いや
 俺はキャスティングに
 関わっていない。

 君らの役には立たん。

苛立ちながらも
なぜか見慣れた印象のある
妙に瞳孔の開いた目付きに
つい
やり慣れた手をあげて応える仕草をしていた。


すると、
また
見慣れた上気した顔が並ぶ。


 何なんだ。


「ああ
 総帥!

 流石です!!」

田中だ。
まるで、
今の演説の流れのまま
俺を引きずり込もうとする。



流石………………何が?



「あの………!」
リーダーの男が
一歩出る。


いや
忙しいのだが、
これも
なぜかデジャブの動きに
俺の顔は
自動的に微笑む。


「凄かったです!!
 俺たち、
 実は
 笑ってました。

 素人相手に
 遊んでやるのか
 って
 思ってました。」

メイクは不健康だが
目は
素を映す。


 あ、ああ
 殺陣の振り写しか。

やっとわかった。
ついでに
何に似てるかもわかった。


見慣れすぎていて反射的に反応してきたが、
これは〝あれ〟だ。
西原だ、西原とか若手警護だ。


よれた着物に袴姿の愚連隊が
ざっと
頭を下げる。


これは………………。


 ああ
 長引かないでくれ!!


努めてにこやかに
俺は
微笑んだ。

ダメだ。
警護班モードは切ろう。



「いや
 警護の仕事をしていただけです。
 演技は素人ですから。」


………………失敗だった。



「とんでもないです!
 勉強になりました。

 美しく動く
 って
 こういうことか!!
 と
 思いました。」

縞柄のやせっぽち。
そこで
また一歩距離が縮まる。



「見切ってますよね。

 見切って
 もう次の一撃は
 なんか
 もう
 始まってる!!」

小柄な絣。
敏捷な動きはなかなかだった。
前に出るのも素早い。


穏やかな紳士モードの俺は
じりじりと
下がらざるを得ない。


警護モードの方が
まだ
ましだった。


圧される。


で、
全員いつの間にやら
一列横隊だ。


リーダーが
えらく真摯な声で言い出す。


「また
 次の撮影も
 どうか
 俺たちを
 使ってください。

 見せていただきたいんです!!」


突然
リーダーが
後ろに手招きする。


若紳士の
優男が
思いの外敏捷な動きで
その列に入る。


お前………!!



「こいつから’
 聞いてはいたんですが、
 俺たち信じませんでした。

 今は信じられます。」


瑞月の手を握った若造が
はにかんだように
俺を見つめる。


「すごい身のこなしでした。
 ぼく、
 全然見えなかった。
 速すぎて。

 憧れました。

 あの………瑞月さん
 お元気ですか?」


瑞月さん………………?

俺は
ゆっくりと
田中を振り返った。

たぶん
紳士モードは消えていた。


なんか
別のざわめきがスタント連中に走るが
知ったことか。



「お願いしましたよね。」

田中が
びっくり眼のまま
こくこく
頭を縦に振る。


「なぜ
 彼が
 名を知ってるんですか?」

今度は
横にブンブン首が振れるのに構わず、
俺は一歩踏み出した。


右手は
田中の胸元に向かって動き、
空気が凍りつくのが分かる。


警護班チーフ佐賀海斗剥き出しの俺に
初めて
田中が反応するのを
俺は
冷静に眺めていた。


「わー
 藤波さんだ!
 久しぶり!!」

「瑞月さん!!」




俺は止まった。

ふーーーーーっ
長い吐息が重なる。




キョトン
お前は見回す。


この流れは
お前も慣れてるな。
いや
毎度
毎度
繰り返しても
お前は分からないか………。


俺の殺気は消えるから。



また矢絣に袴?
俺に抱かれて
ダイブするのに??


別の怒りが
ふつふつ
込み上げるが、
もう
それはコントロールする。


だって
お前が出てきたんだからな。




ん?
大きな赤いリボンが揺れる。


「どうしたの?」


汗をふきふき
田中が言い出す。

「いや
 総帥に言われて………。」


俺は
すっ
田中の肩を抱く。

汗まみれの顔が
俺の胸に振れるが構わない。

どうせ衣装だ。



「どうもしない。」

穏やかな紳士モードだ。


田中の肩を軽く叩く。

「みなさんが
 あんまり褒めてくださるんで
 不思議に思っていたら
 藤波さんだった。

 瑞月も親しくしていただいたんだな。」

紳士だ
紳士だ

可愛がってる子を可愛がってもらって感謝する紳士。


俺は自分に言い聞かせる。


「うん!
 だって
 申し訳ないって
 思ったもの。」




瑞月は
可愛らしく言って
俺の右手をに
きゅっ
しがみついて
俺を見上げる。


可愛いでしょ
可愛いでしょ
可愛いでしょ
可愛いでしょ

見慣れた
可愛いでしょオーラが
警護班ならぬスタントチームに
放射される。




このオーラを浴びて
空気を読まないは万死に値する。

それとな、
藤波!

〝申し訳ない〟だからな!
勘違いするなよ!


「そうだね。
 申し訳なかった。」

俺は
藤波に笑いかける。
なんだか
急に歯の数が増えたような気がした。


満面の笑みを
俺は送る。

笑みにこもるものは届いた。
ややぎこちない笑みが
藤波の顔に張り付く。




一度
佐賀海斗モードで臨んだ以上
仕方ない。
警護班と同じに始末する。


 いいか
 俺は
 紳士なんだ

 そのつもりで返事しろ


田中は
いい。

こいつは
違う回復をするだろう。


お前らは
そうは
いかないからな!



俺は
チームを
ずいっと見渡して
頭を下げた。



「みなさん
 撮影
 どうかよろしく」



画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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