この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





夕焼け空だね、
グレン。
ぼくらのお部屋を見上げると
屋根の上の空が赤い。

茶色の煉瓦が夕闇に沈んで
窓の灯りが温かい。



「灯りは
 つけておいてもらった。
 帰ってきたね。」

グレンが
先に下りる。

伸ばした手にぼくは抱っこされる。
グレンの髪が頬に触れて
香水の匂いが甘い。


すとん
石畳に立たされて
ぼくは
なんだか
変な気分。

揺れない……。
地面って
揺れないんだよね。



グレンは、
馬の首を優しく叩く。


「グレン様、
 お帰りなさいませ。」

低い声がして、
振り向いたら支配人さんが
くしゃっとした帽子に上っ張りの男の人と
立っていた。


「頼むよ。
 いい馬だった。
 ありがとう。」

グレンは
そう言うと、
ぼくの肩を抱く。


入り口のランプも
もう灯が入っていて
ドアがぽうっと浮かぶ。


〝お帰り〟
って
言われてるみたい。

待っててくれると
灯りも
温かいんだね。



どこかに出掛けて
帰ってくる。
そういうの、
初めて。


「ここ、
 明日もいるの?」

ぼく、
ドアに向かいながら
聞いてみた。


「しばらく
 静かに過ごそう。
 旅は
 またできる。」

「……うん。」


嬉しかった。
外出も
帰ってくるのも
嬉しかった。



階段の先に食堂の灯りが見える。
夕食の準備なんだね。
きびきび動く影が
忙しそう。


「ぼくたち、
 あそこで食べないの?」

「そうしたい?」


グレンは
ちょっと驚いたみたいだった。

ぼくは、
少し考えてみた。


 シャンデリア……。
 フォークやナイフのカチャカチャいう音……。
 綺麗なドレス……。
 流れる音楽……。

父様の館で
狩りのシーズンに
繰り返された夜会。

ぼくは
一度も入れなかった。




「……うん。」
そう応えた。


すると、
グレンは
お店で買ったドレスを出した。

「……着てみるかい?」
ぼくを
そっと見つめる。



ああ
ぼく
年齢のない女の人になるのかな。




鏡の中のぼくがぼくを見つめてる。
お店の鏡の中で
知らない女の人がぼくを見つめていた。


あれは…………ぼくだ。




ぼくは、
グレンを見つめた。
ぼく、
グレンと一緒にいるの…………いや?


嫌なのかな
嬉しいのかな


一緒にいるなら
ぼくは
変わっちゃう?
だから………………いや?
えっと…………平気?




グレンが
ぼくに近づいてくる。
近づいて…………近づいて………………、
ぼくは抱き締められた。



「君しかいなかった。」

優しいグレン、
グレンはいつも
そう言ってくれる。

ぼく、
嬉しい。
すごく嬉しいんだと思う。

だから不思議になる。
グレンに好かれたら
誰だって嬉しい。

強くて
優しくて
……信じられないくらい綺麗なんだもの。



「どうして…………ぼくなの?
 誰にも欲しがられない子だから?」

思わず、
そんな質問がこぼれた。



ぼくはいつも
そう思うから。

いつも
そう思ってるから。



「違う!!」


あんまり大きな声で
ぼく、
びっくりした。

「違う……。」

「違う…………。」

グレンの声がだんだん小さくなって
肩が震えてて
ぼくは
なんだか悪いことしたみたい……。




「……グレン。」

ぼくは、
そっと顔を見上げる。


光るものが見えて
グレンが
さっと後ろを向いちゃって
ぼくは困っちゃう。




「あのね、
 ぼく、
 傷つくなんて
 思わなくて…………ごめんなさい。」

あわてて
謝った。


でも、
でも、


グレンが
こっちを向いてくれなくて、
ぼく、
仕方なくて、
背中にそっと張り付いた。





「グレン、
 あのね、
 ぼく、
 ほんとうに分からない。

 どうして
 ぼくなの?」

聞いてみた。
初めて
ちゃんと
聞いてみた。



だって
他の理由なんて
考えていなかった。



 きっと
 かわいそうな子で
 いなくなっても誰も気にしない子で
 だから
 連れてってもいいかな
 って
 思ったんだ。

そう思ってた。

好きなんだって思うけど、
でも、
でも、
連れてくるのって
違うと思う。


好きって
よく分からないんだもの。


お星様
すごく綺麗だから好きだよ。
銀杏並木
すごく綺麗だから好きだよ。


でも…………たくさんたくさん人がいて、
どうして
ぼくなのか分からない。




「君しかいない。」

グレンは繰り返す。



「何が?
 何がぼくしかいないの?」


ぼく、
すごく待った気がする。


待ってる間に
窓ガラスは闇に沈んで
大きな鏡になっちゃった。


グレンの顔は
うつ向いてて
髪がかかってて
よく見えない。


グレンの背中のぼくは
なんだか
悲しそうな顔に見える。



ぼく
グレンがぼくを見てくれないと
なんだか悲しくなるみたいだ。



「わたしが
 一緒にいたい人だ。
 …………君と一緒にいたいんだ。」

やっと
グレンが応えてくれた。
うつ向いたまま応えてくれた。



〝一緒にいたい人……〟
一緒にいたい人だね、




ぼく、
そっと
グレンの前に回り込んだ。


目の前のグレンが
うつ向いてるのが悲しい。


そっとグレンの頬に手を伸ばす。
濡れてて
涙に濡れてて
ぼく、
ほんとにごめんなさいって思った。



「あのね、
 ドレス着るよ。」


グレンが
また
ぼくを抱き締める。

「あのね、
 毎日着なきゃだめ?」

ぼくは、
そっと聞いてみる。


また
ちょっと待つみたい。
ぼくは、
ドキドキしながら待った。


「…………皆に見られるなら…………そうしなくてはだめなんだ。」


グレンが言う。


「一緒にいるため?」

ぼくは尋ねる。


「そうだよ。」

グレンは答える。


それは、
とても小さな小さな声で
ぼくは
まだ
グレンが悲しいって分かる。



「うん。
 ぼくも一緒にいたいよ。」

そう言ってみた。
ほんとに
そう思ったから。


「ありがとう」

頭の上で
グレンの声がする。

〝ありがとう〟
って
何回も聞こえる。



ああ
よかった

グレンが
元気になった。



「ぼくが
 一緒にいるの
 嬉しいの?」

まだ見上げるのが怖くて
また悲しそうな顔を見るのが怖くて
ぼくは
グレンの胸に張り付いてた。

「嬉しいよ」

グレンが応える。
なんだか
まだ
涙声で応える。


ぼくは、
ちょっと困っちゃう。
そして、
気がついた。



ぼく、
また温かくなった。
なんだか
お腹の中から温かくなった。


 ぼくと一緒にいたい人がいる。
 ぼくと居られて泣くほど嬉しい人がいる。

なんだか不思議。
とても不思議だった。


「グレン
 お食事の時間
 終わっちゃうよ。」

ぼくは
そっと囁いた。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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