この小説は純粋な小説です。
実在の人物・団体に関係はありません。




夕闇は
早足で忍び寄る。

冬木立は
赤みを増した夕映えを背に
葉を落とした枝を黒く描き出す。


恋人は
胸にある。






ふうっ
胸にくずおれたときは
その虚弱な体を思い
はっとした。

手綱を絞り
胸の中のアベルを
そっと仰向かせた。


その眸は
開いていた。


ただ、
そこに映るものは、
どこか遠く
何か深く

たゆたう眸に
夢見る色は浮かび
委ねられた肢体は委ねたままに
静かに私に凭れていた。


 何を見ているの?

そっと
馬を歩ませれば、
その身は緩やかに私にならって揺れる。


うっとりと
まぶたが閉じるのを見届け
私は歩みを進めた。



湖は
凍る。

この時期、
その小さな湖は、
森の奥にひっそりと凍る。



馬の蹄の音に応えて
傍らの木から
小春日に耐えかねた雪が落ちた。



ふわり……と
その眸が開いた。
青いね
それとも緑なのかな。
ゆらめく眸はどこまでも深い。


 綺麗…………。


そう感じてるんだね。
目の前に
夢幻の世界はあった。


そこは、
ただ
静かに時を止めた世界だから…………。



私は
私が時を止めたものを
見つめた。


雪に静まる白い白い林は
その奥も知れぬほどに深かった。
灰青色に沈む湖面は
ただ
静寂の中にあった。


アベルは
その眸にその静けさを受け止め
魅せられたように
見つめていた。



「……時が止まっているね。」


そうだよ。
君も
感じるんだね。






恋人は
そっと私の名を呼んだ。

私は
そっと恋人を胸に抱き寄せた。


その耳を
私の胸にあて
恋人は一心に耳を澄ます。



 一緒にいる

 一緒にいる


私は
その小さな体を
腕に抱えながら夢を見ていた。



カポッ

カポッ

石畳に蹄は響く。



恋人は胸にあり、
夕闇は
間もなく夜の帳に色を失うだろう。


私は
夢を見る。



甘い夜を
求め
求められる夜を。



まだ早いだろうか。


時を止めた恋人は
今宵の私を
許してくれるだろうか。



〝ご飯だよ……。〟

その声に代わり
私は告げたい。

〝愛しているよ〟

〝愛しているよ〟

そう告げたい。



優しいキスから溶かしてあげたい。
恋人よ
私は
ただ
そうしたい。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。


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