この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。


「おいしいのう。
 ありがとうね。」

機嫌良く
老人は
脇に座る民に話しかける。


「ようございました。
 お茶をお持ちしますか?」

「うんうん
 頼むよ。」

座敷に座る家人は老人一人。


寂しいからと
女衆に囲んでもらい、

焼き魚を見ては
「あ、
 お醤油すこーし
 かけてほしいのう。」
だの

お吸い物に舌を焼いては
「ふーふー
 してくれんかのう」
だの

お一人様夕食を満喫していた。




そんな
かまってちゃんのお相手には
同じお子様では
物の役に立たないため、
綾子は広敷に配置されていた。

子どもの扱いに慣れたベテラン女衆が、
にこにこと
老人と睦まじく笑い合う。




綾子は、
広敷の食器を運びながら、
つい
考える。

〝瑞月さん
 何でもなかったのkしら。

 皆さん、
 全然気にしてない……。〟





「はい!
 ご苦労様!」

土間に待つ女衆が
にっこり綾子に声をかけ
食べ終えた食器の山を盆ごと受けとる。


次の運搬のため空の盆を受け取って
広敷に向かいながら、

〝でも
 お夕食に来られないって
 心配なことよね。

 総帥も
 えっと……高遠様も
 来ていない。〟

気になるのだ。


そして、
基本、
子どもは〝なぜ〟で出来ている。




「あ、あの、
 瑞月さん
 だいじょうぶですか?」

子どもの質問とは、
えらく声が響くものだ。

〝ねぇ
 ねぇ
 答えて〟
低音とする独特なトーンが
大人たちに届け
谺する。




瞬時、
皆が止まり、
くるり
綾子を振り返る。


そして、
一斉に微笑むのだ。
空のお盆を渡してくれた女衆が
代表して答える。

「だいじょうぶですよ。」




さらさらと
また夕食時の風景は
動き出した。



老人は
〝お茶がほしいのう〟
ねだり、
女衆は
〝はい〟
微笑む。


広敷からは
〝お櫃、
 お代わりお願いします〟
声がかかり、
お勝手から
〝はい〟
応じる。


何とも消化不良気味だが、
綾子も
動き出す。




 あれは
 〝助けて〟だったtのよ。

 〝助けて〟


高遠の厳しい顔が
それを
さらに確かなことと教えてくれた。

 高遠さん、
 瑞月さんを
 思ってらっしゃるんだわ。

 えっと
 えっと……女の勘っていうのよね。
 間違いない。

大事な人
大切な人
綾子の頭はくるくると回っていた。



時は穏やかに過ぎた。

賑やかな〝ぼっち夕食〟を終え、
老人は
「一人はさびしいのう」
見え透いた甘え声を上げながら
女衆に送られて居室へと戻っていった。



広敷に人影が消え、
茶碗
小皿に大皿
橋に箸置きと
ほぼ片付いた頃、
天宮補佐がお勝手に現れた。


「では、
 総帥と高遠さんと瑞月には
 お弁当を作りましょう。
 お吸い物はポットに分けてください。」


はい!

また女衆は動き出す。
取り分けておいた副菜に主菜は
手際よく詰められ
お吸い物は火を入れ直す。


見る間に三つのお弁当が
竹籠とポットにまとめられた。




チリーン……。

お勝手に鈴が鳴る。
綾子が思わず見上げると、
梁に巻き付いた古びた組紐に
鈴が付いて揺れている。

 この鈴が鳴るのって
 初めて聞くわ。


ん?
小首を傾げる綾子の前で
女衆たちは、
声を上げない興奮に沸いた。


〝たける様、
 お戻りですね〟

〝もうだいじょうぶ!
 ただ…………〟

〝ああ
 きっとお腹空かしておいでです。〟

〝わたし、
 もう一つ暖かいもの
 お作りしたいですわ〟

〝賛成!〟



地下庫への跳ね戸が上がり、
さっさと
女衆の一人が下に向かう。




「あの、
 何の合図なんですか?」

綾子は
興奮して交わし合う小声の会話に
割り込んでみた。


女衆は
ちらと咲をみやり
その頷きを確かめた。


一人が
しっかりとした声で
告げた。

「大事なお話が終わって、
 奥座敷から人が出てこられた合図です。」



万感を込めた〝出てこられた〟に戸惑いながら
綾子は続ける。

「……それが高遠さん?」



女衆の皆は
不思議に誇らしげな顔をした。

「そうですよ。
 たける様です。
 お強い方です。」




綾子がいることは
もう
気にしなくていい。

となれば、
高遠に胸を痛める女衆は
弁当に添える心遣いに
さらに盛り上がる。


小声モードは解禁となり、
地下から戻った仲間は
団結した皆に迎えられた。


肉を焼く匂いが
美味しそうに立ち込める。




ほどなく
皆が待ち受けた足音がする。
その足取りは軽い。

 ああ
 いつものたけるさんね

声に出さずとも
その足音に明るむ女衆たちだ。



部屋に戻って
食事に悩み
これは
やっぱりお勝手かな
やってきた高遠が
賑やかな土間の女衆たちに
目を丸くする。

もう
皆が振り返り
にこにこと
高遠を迎えた。

ここで涙を滲ませるような未熟者は
女衆にはいない。


高遠は
食事に余計な手間をかけさせることを申し訳なく思うようで、
ぺこり
頭を下げた。


「すみません!
 あの
 何か食べるもの
 ありますか?」


もちろん!

女衆の
口々に応える温かな声に
お勝手は明るく花が咲いた。


 とにかく
 すぐにできるから
 部屋で待っているように

要点は伝わり、
高遠は
満面の笑顔で
ありがとうを伝え、
頭をかく。



咲が
すっかり混ざり込んだ女衆の中から
一歩出て頭を下げた。


「高遠さん
 ありがとうございました。
 瑞月は
 どうですか?」


あっ
高遠ははっとする。
カメラもない奥の出来事は
誰にも伝わらない。

「すみません!
 最初に申し上げるべきでした。
 瑞月は
 海斗さんが
 起こしにいきました。

 二人ともだいじょうぶ。
 心配いりません。」



高遠は、
優しい笑顔を見せた。
その顔に
皆は確かな安心を読む。


 二人は
 もう
 だいじょうぶ

 よかった……。

皆が
自然に頭を下げた。


高遠は
手を振って打ち消したり
改めて頭を下げたり
しばし
困惑しながら
〝何でもなかったんです。〟
〝俺は何もしてないですから〟
繰り返し、
頭を掻き掻き居室に戻っていった。



さあ!
女衆は咲を囲んで指示を待つ。

「じゃあ、
 綾子さん、
 お弁当を高遠さんに届けてください。

 総帥と瑞月は、
 たぶん…………。」

言いさして、
咲が
くすり
笑う。


民がそれを受けて
いたずらっぽく
ほう
息をつく。

「まあ、
 しばらくは
 かかりますでしょう。

 10時を回るのでは?」



咲と民の掛け合いが分からず
小首を傾げる綾子の前で
皆が
いっせいに笑い崩れた。


綾子は
目をぱちくりするばかりだ。




咲が宣言する。

「総帥と瑞月は
 軽めの食事にしましょう。
 もたれてしまいます。

 ただ、
 何でもなかったとはいえ、
 色々ドキドキなさったでしょうから
 二人にも
 おまけは付けましょうね。

 何にしましょうか?」


民が
思案げに提案する。

「いちごのデザートで
 どうでしょう。

 プチトマトより失敗しないでしょうし。」


また、
みんなが
わっ
と沸く。



 ん?
 何を失敗するの?



綾子は
疑問符をいっぱい抱えながら
一生懸命見つめる。

みんなすごく一生懸命だ。
これは、
今いない三人のためなんだ。



その笑顔の温かさに
綾子は
分からないながら
感じていた。


 大事な人を思うって
 温かいことなんだ。


自分の疑問符がありながら
そこに拘らない。
そのこと自体、
綾子には画期的な変化だったが、
本人は
気づかなかった。


ただ
思っていた。

 大切な人って
 どんな人だろう?

 大切な人を思うって
 〝大好き〟とは
 違う。
 ほんとに違う。

 大切な人を思うって
 どうしてこんなに温かいんだろう?


「じゃあ、
 いちごにしましょう。

 さあ、
 二人は私に任せてください。
 片付けて解散です。」

咲の声が響き、
お勝手では
最後の片付けが始まった。


イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。


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