この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はあrません。




森は深い。
高遠が辿った鷲羽を抱く山は
広い敷地の全体を山裾として包み込む。

お山と共にあり
水と共に生きる一族は
その天然の要害に守られ
警護棟は森に沈む。


リンクから程ない距離にあるのは、
そのリンクが警護班の訓練施設を改造したものだからだ。




屋敷の愛し子
天宮瑞月が
総帥の目を離れるは
その精進の時のみ。

精進の場、
リンクは
鷲羽の兵(つわもの)が集う場に
程近く設営された。

どこまでも
鷲羽は
その巫を守ろうとする。





この冬に
そうして完成した警護棟
その大会議室に、
男たちが召集されていた。



大きく湾曲した演台が
中央スクリーンの前に張り出し
そこに
鷲羽総帥
伊藤補佐
西原チーフ
以上の
警護司令部が
大会議室を埋め尽くす男たちに対している。




必ず
襲撃はある。

その前提に小国家とも言える鷲羽は
新王鷲羽海斗の下に
結束を
新たにしていた。



 巫が
 鷲羽に下される。
 巫に選ばれた長は
 天の意に叶う者であり、
 その長は鷲羽の命運をかけて闇と対峙する。


伝説は鷲羽海斗によみがえったのだ。




まだ
その伝説を共有していない若者らも
鷲羽海斗が醸し出すオーラは
感じている。


そこに唯一無二の長がいる。
無条件にそう思わせるだけのものを
鷲羽海斗はもっていた。





今まさに、
西原班長の説明が
終わるところだ。

スクリーンは
最後の質問に応じ
会場エレベーター前のそれになっている。


「……新人チームも
 全員が全力で動けることが肝心です。

 配置に応じた訓練に特化して
 訓練計画を作成しました。
 
 合わせてご覧ください。」


年若いチーフは、
まだ敬語が似つかわしい。
西原は背伸びせず
真摯な思いを言葉に込めて
自身の先輩である班長たちに
語った。



渾身の計画だった。

〝瑞月を守る〟
その一念で作ったそれに
魂を持たせるのは、
目の前の先輩たちなのだ。





パラパラと
資料をめくる音が会場内を満たし
無口な男たちの会議は
静けさを深めた。


男たちの手元に
確かめられた資料は閉じられ
その顔は次々と上がっていく。




パンパンパンパン…………。


幹部であり
最年長班長である樫山が
すっく
立ち上がり、
力一杯の拍手を始めた。




チーフは
順当に
樫山に譲られると誰もが思う中の
突然の朝の辞令は
警護棟に衝撃を走らせた。


西原新チーフが
自室のベッドに倒れ込み
丸一昼夜ぶりの睡眠を貪っている間、
樫山は
その衝撃の吸収に努めていた。


慰めの声掛けにも
危惧を語る声にも
その答えは変わらなかった。

「組織は組織として動いて
 なんぼだぞ。
 どこに置かれても役割はある。
 俺は西原を支持する。」



昨夜の憔悴は
まだ抜けなかったようだが、
早朝訓練での走りに
その根性も覚悟も見えた。
樫山には
それで十分だった。

 西原はリーダーの器。
 俺は副官の器だ。



樫山は
自分の役割を弁えた男だった。

おそらくは、
チーフの歯止めともなり
細部の仕上げを担当する者ともなるのだろう自分が
チーフを支えることになる。




見事な計画だった。
誰もが
そう思った。



そして、
樫山の拍手。

会議に立ち上がっての拍手は
賛否の分かれるものだ。
が、
今、
年若いチーフを支えて揺らがない樫山の姿は、
あるべき姿を示して余りあった。




パンパンパン…………。


拍手は会場に広まり
男たちは
総立ちとなった。


演台の向こうに
鷲羽財団総帥は立ち上がり、
そして、
呼んだ。

「樫山!
 上がれ!」


一段高いステージに
樫山は
ひょいと
飛び乗った。



演台の前に
樫山を加えた司令部が
ずらりと並ぶ。




皆が
何かを期待して静まる。


鷲羽海斗は
差し出されたマイクを手で辞し
男たちに向かった。


総帥が
深く息を吸うのが
男たちに
見てとれた。

そして、
鷲羽海斗は語り出した。



「鷲羽は
 新たに船出した。
 これまでの防御一方の戦いに
 終止符を打とう。」


繰り返される襲撃に
捕らえた賊は
必ず警察から釈放されていった。


男らは、
警護のメンバーの顔を
呆けたように見上げるだけだ。

まるで
不要となった人形を捨てるように
その中に確かに入っていた何かは
抜け出ていく。


それを、
鷲羽の警護は
嫌と言うほど繰り返してきた。


それが変わる…………?
変わるのか。

 
「警護は全力を上げて瑞月を守る。
 そこに鷲羽の活路が開ける。
 いいか。
 これは鷲羽が鷲羽であるための戦いだ。

 既にそれぞれが一度は目にしたと思う。」


鷲羽海斗は
その口に〝闇〟とは
出さなかった。


そして、
ただ
男たちを見回した。



それぞれに
見たものは違い
感覚も違う。

が、

警護全員が何らかの形で
見ていた。

瑞月の相が変わるのを。
その舞いに
自らを溶け込ませ
見るものを巻き込むのを。


そして……。


一部の者は…………闇を見ていた。
その首魁をホテルに迎え
その配下を駅前の雑踏に追った。



 尋常ならざる何かが
 瑞月には宿っている……。

その舞いに伊東チーフが助かったという噂は
その舞いを見た者らには
既に事実として定着していた。



そして、
その何かを
〝ぬめぬめした蛇みたいな奴〟が
我が物にしようと狙っている。
その感覚も同様だった。




その男が首魁かも分からない。
が、
そこに宿るものは
見たものを総毛立たせた。



初めて取り逃がした配下は、
西原チーフに薬を打ち、
繁華な駅前に
瑞月の正体をさらそうと画策した。

追ったが……忽然と消えた。
消えたのだ。





その認識は
警護班に
染み透り敵には〝ぬめぬめした蛇みたいな奴〟が
想定されていた。

それを
総帥は皆の目に確かめた。




総帥は声を張る。


「既に辞令は出された。
 皆も承知していると思うが、
 新たな警護の組織を伝える。

 伊東は補佐として
 全部署にまたがる警護の指揮をとる。
 一丸となって
 守りにあたるための要だ。

 どうだ!?」

うわーっ

皆が声を上げる。
その声が
いつしかまとまり、
伊東コールとなった。


イ・ト・ウ!
イ・ト・ウ!!
…………。

伊東が
両腕を振り上げ
ガッツポーズを決める。



「そして、
 警護班だ。
 
 新たに
 副官を置く。」

総帥は、
言葉を切り
一同を見渡す。

「西原は若い。
 それを支える副官には
 樫山を起用する。
 
 今も
 皆が見たように
 樫山は既にそれをしてくれている。

 警護はこの二人に任せる。
 いいか!?」


おおおおおっ


スポーツ系男子の集合体でもある
警護班のテンションは
いやが上にも
高まった。


西原は樫山に前を譲ろうとし
樫山に
ドン
と背中をどつかれた。

「失礼、
 チーフ。」
しれっと
樫山は言ってのける。


そんなやり取りに
明るい笑いが
会場を満たす。


警護班
新編成及び新たな訓練計画は
意気天を衝く
警護班全チームに浸透した。



「まあ、
 素敵ですこと。」

洋館執務室は、
天宮補佐がここを中枢と定めた日から
住環境が著しく改善されていた。


今、
室内には
芳しい淹れ立てのコーヒーの香りが
満ちていた。


武藤補佐の長期出張により
天宮補佐の自室と変わらぬ執務室のテーブルには
PCに書類以外に
何やら明るい色彩の溢れる籠があった。



「流石ですわ。
 総帥。」

洋館執務室のスクリーンを見詰め、
ゆっくりとコーヒーの香りを楽しみながら
天宮補佐は一人満足の笑みを
浮かべる。


パチン
スクリーンを切って
ほう
吐息をついた。

ここからは、
母の時間なのだ。




さて、
天宮補佐は
テーブルの籠を覗き込む。


「今度は
 ピンクにしましょうか。」

打って変わったその笑みは
我が子に着せる夏の装いに悩む母の喜びに
明るむ。


咲にとって
瑞月は瑞月。
天から授かった我が子以外の何者でもなかった。

 巫?
 そう。
 頑張りましょうね。

我が子の運命をそのままに受け入れつつ
我が子を我が子として愛する。



このお屋敷では
瑞月が一番。
それは
瑞月が巫だからではない。
瑞月が瑞月だからだ。


総帥の愛情に
天宮咲の鉄の意思に
それは揺らがない。



巫は狙われる。
だから最優先に守らなければならない。

だが、

鷲羽が
その巫を得られたのは、
巫を欲したからではなく、
少年を愛しいと思う心に因る。



知ってか
知らずか

総帥を筆頭に
一同
この鉄の女天宮咲ですら
〝親バカ〟の域を越えて
とんでもない甘々状態の今ではあった。



「あの子、
 いいお友だちに
 なるといいわね。」


可愛いピンクの糸を選び、
咲は微笑む。
総帥よりは
瑞月の課題を見極めているのが
さすがは母親だ。


そして、

「でもね、
 一番綺麗なのは
 瑞月ちゃんよ。」

愛しげに囁く天宮補佐だった。




〝世界で一番綺麗なのは瑞月〟
これは、
真実ではある。
あるが…………、
このお屋敷では
天宮補佐の言葉は掟でもある。
ちょっと怖い。






天宮補佐の作品は、
このところ、
その色使いは可愛らしさ重視で
デザインはちょっと肌の露出が多めだ。



「総帥も
 きっとお気に召すわ。」

うふふ
咲は微笑む。
微妙な意地悪が
その目に煌めいた。


我が子の魅力が
総帥を振り回すのを見るのは
咲の秘かな楽しみでもあった。


「早く鍛えて差し上げないと
 女性陣の求愛も
 かわせませんからね。」

そう呟くと
襟ぐりの大きく開いたデザインを選び
咲は
楽しげに編み物を始めた。






「四時より
 一時間のミーティング!

 各班予定を確認!!

 解散!!!」

新チーフ西原の声に
大会議室は、
あっという間に
空っぽになった。




「西原!
 樫山!
 待て!」

伊東補佐が
二人組を呼び止める。


すぐにも
訓練の準備にかかろうと飛び出すところを
ぴたっ
西原は止まる。

樫山は落ち着いて
振り向く。

よく特色の出た二人だ。



「はい」

「はい!
 何でしょうか?」

気持ち良い返事だ。



「母屋の女衆に新人が入った。」

伊東は事務的に伝える。



「は?」

西原は疑問符が十個はついた顔をする。
樫山の表情は読めない。



「だから、
 新人だ。

 ただし一週間だけだ。
 見習いとして迎えた。
 内々のことには
 一切関わらせるな。」

伊東がやや早口に念を押す。


その命令だけを守る道もある。
が、
西原は、
踏み込むことにした。


樫山は控えてくれている。
判断は
俺がするんだ。
というわけだ。


「わかりました。
 あの……この時期に新人とは異例です。
 事情を伺って構いませんか?」


聞いておけるなら
警護からも
配慮できる。

チーフとして
そう考えた。

真面目な顔で伊東の言葉を待つ西原だった。




「もちろんだ。
 他言無用だぞ。」

伊東は咳払いする。



「三枝綾子と仰有る。」

思い切り勿体をつけた言い方に
西原の疑問符は
また増えた。



「はぁ。」

ぼんやりした西原の返答に
伊東はいらつく。


「だから!
 三枝だって!
 三枝憲正のお孫さんだ!!」


…………しばし沈黙が流れた。


そして、



「ああ、
 お見合いでしたか。」

落ち着き払った樫山の声。


「違う!!」

という総帥の声。



にっこり笑う樫山の笑顔。

「承知しております。
 先方は
 その気構えだ
 と
 申し上げました。

 今日宣言しておいででしたよ。
 〝王子様と結婚する!〟と。」


樫山は
もともとが
何があっても狼狽えないことで
知られた男だ。

事実を事実として受け止める。



西原は
呆然と目の前で真っ赤になっていく総帥を
眺めていた。


 オ・ウ・ジ・サ・マ?
 えっと
 オウジサマって……王子様!?


 王子様って
 もう少し若いっていうか
 初々しいっていうか
 可愛いものじゃないのか……。


あっという間に10人を倒し
人質救出訓練を完了させた総帥は
王子様っていうより
将軍だ。

先ほど皆の前で語った総帥は
まさしく王だ。
威厳バリバリだ。

でも……今、
目の前で真っ赤になった鷲羽海斗は
妙に可愛い。


ていうか…………


「そんなのダメです
 もし瑞月が…………。」


やっと理性が西原に戻った。
ダメだ
ダメだ
瑞月が知ったら……。




「内々のことに関わらせない。
 了解しました!」

樫山の声が
さくっ
響く。


樫山に肩を叩かれ、
腕を引っ張られ、
真っ赤っ赤の総帥と
困り顔の伊東を置いて
西原は連れ出された。



「ま、
 今すべきは
 訓練です。

 行きますよ、
 チーフ!」


さっそく
新リーダー二人組は
その組み合わせの正しさを
証明した。


そう
今すべきは訓練だった。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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